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予感


「でね名前先輩、先月隣の部署に異動してきた営業の人がすっごくカッコいいんですよぉ!みんな噂してて!」
「へえ……」
「この前私が挨拶したら笑いかけてくれてぇ」
「…………」
「名前先輩?聞いてますー?」


(あー……結構やばい)


ぼうっとする意識の中で、いつも冷たい自分の手を額に当てた。背筋はゾクゾクするほど寒くて、手足の関節が少し痛む。自分の心臓の音が耳元で聞こえるほどドクドクしていて、頭はぼんやり、顔は火照って仕方がなかった。つまるところ、今朝から私は風邪で発熱しているらしい。


「君たち、口よりも手を動かしてね?」


私の隣の席で楽しそうに話す後輩の子の後ろに、いくつものファイルを抱えた上司が、満面の笑みで立っていた。「はぁい」と間延びした返事でパソコンに向かった後輩を呆れた様子で確認してから、私の方に振り返る上司。


「あ、名字さん。出してくれてた資料なんだけど、ここの計算がちょっと合ってないみたいでね。そこだけやり直しておいてくれる?」
「……はい」
「あれ、なんか今日は元気ない?」


職場の上司に心配されるほど、私の顔色は悪いらしい。ひとつ咳払いをしてからもう一度「いつも通りです」と微笑む。それを見た上司は納得したのかしてないのか「ならいいんだけど。無理はしちゃダメだよ?」と残して、自分の席に戻っていった。

その後は周りの人にも特に何を言われるでもなく。なんとか業務をこなしていると、いつの間にか昼休憩の時間になった。


(今のうちに……薬買いに行こうかな)


幸いな事に私の勤めている会社の近くには薬局があったので、これ以上悪化する前にと財布を掴んでそこへ向かった。いつもより明らかに遅いスピードで歩いていると、その一歩ごとに体が沈んでいくような気がした。

漸く会社に戻った頃には休憩時間の半分も残っておらず、どうせ食欲も無かったので食後のためにと買っていたヨーグルトだけを急いで食べた。さてあとは薬を飲むだけと思って立ち上がり、ラウンジ横にある自販機に向かう。


(…………開か、ない)


購入したペットボトルをいくら捻っても、固くて開けられなかった。もうすぐ午後の仕事に戻らなくては行けないし、早く水も飲みたい。でも、そう思うほどフラフラの体は言うことを聞いてくれなくて、熱のせいもあるのか私の目には少し涙が浮かび出した。

社会人として体調管理も出来ていない不甲斐なさと辛さで俯きかけたその時、すぐ近くから伸びてきた手がサッとペットボトルを取り上げた。


「あ……」
「その件はすでに確認済みで……ああ、そうですか。はい、ではこちらから手配しておきます……はい」


私の横に立っていたその人はどうやら仕事の電話中のようで、肩と耳で携帯電話を挟みながら、私のペットボトルのキャップをカチッと開けてくれた。よく見てみると、私の周りでは見かけたことのない人だ。すらりと高く伸びた身長に、爽やかな短髪。長い睫毛は少し伏せられていて、電話の相手に集中しているようだった。
まだ話し中の彼はこちらを見ることもなく私の手にペットボトルを返すと、お礼のために慌てて頭を下げた私の肩をポンと軽く叩いて、何も言わずに去って行った。


「な……なんだそれ……」


普段わりと冷めてる性格だと自負している私は、先程よりも更に熱くなっている自分の顔をペタペタと触って、信じられないという思いだった。熱で頭がどうかしたとしか考えられない。だって、だってだって、ただフタを開けてもらっただけだというのに。


(なんか、キュンて、した……)


職場の人間に恋なんて絶対にしたくないと思ってた。するはずが無いって、そう思ってたのに。

後輩から聞いて知ったのは、彼が噂の営業部のイケメンだということ。仕事が出来て人当たりも良く、女子社員に絶大な人気があること。珍しく私が興味ありげに聞いたからか、後輩には「まさか名前先輩も、神さん狙いですかぁっ!?」と言われてしまい、慌てて否定はしたものの。


「……神、さん……かぁ」


はたして自分はこんなにミーハーだっただろうかと不思議に思う。すっかり熱も下がって体調も万全になったけれど、あの日以来、彼を見かけるとつい目で追ってしまう私がいた。


予感 2


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