SHORT | ナノ
ブラックコーヒー


「・・・苦そう」
「それがいいんだろう」
「よくそんなの飲めるねえ」
「名前は甘くしすぎだ」
「そうかな?」


今日は日曜日だけど珍しく紳一くんの部活がお休みなので、彼のお宅にお邪魔させてもらってついでにコーヒーをいただいていた(淹れてくれたのは紳一くんママ)。2つ年上の彼はいわゆる幼馴染というやつで、ご近所の素敵なお兄ちゃんなんです。昔から可愛がって貰っていたので、彼のママとも仲良しだったり。


「名前ちゃんお昼ごはん食べてってね?」
「わあ、いいんですか?いただきます!」
「もちろんよー。じゃあ二人とも、私は買い物に言ってくるからね」


若い二人でごゆっくり〜、と言ってご機嫌でお買い物に行く彼女を見送ってから、月刊バスケットを読む紳一くんの隣に腰を下ろす。なるほど、家で息子と二人っきりにさせてくれるなんて私、すごく信用されてる。


「紳一くん、暇なんですけど」
「俺は暇じゃない」
「・・・勉強教えて欲しいなあ」
「成績には困ってないだろう」
「まあね!・・・じゃ、なくて」


バスケ雑誌に夢中な紳一くんは私の方を見ることもない。なにがそんなに面白いんだろうか。自分より上手い人もそういないでしょうに。全国区プレーヤーめ。
せっかく久しぶりに遊びに来たのに、ちょっとは私の相手もして欲しいところだ。だいたい、年頃の可愛い女の子がこんなに近くに居るのに何とも思わないんですかね彼は。なんたって、二人っきりなのに。

(けっこう、好きアピールしてるんだけどなあ)


「おい、名前」
「はい!はいはい!何?」


呼ばれたのが嬉しくて元気に返事をすると、視線は雑誌に向けたまま「暇ならコーヒー淹れてくれ」なんて言われた。まったくもって私の相手をするつもりがないらしい。怒ったぞ。こうなったら仕返しにお砂糖たっぷりの甘ったるーいコーヒー出しちゃる。ざまあ。


「どーぞ」
「ん、サンキュ」
「・・・」
「・・・」


淹れたての(お砂糖たっぷり)コーヒーを手渡すと案の定、彼は中身も香りも確認せずにそのまま口に運んだ。それを私は何食わぬ顔で見る。


「!ごほっ・・・なんだこれは」
「やーい」


一口飲んで咳き込んだ彼に私はしてやったり顔で笑った。仕返し成功だ。

「なんて甘さだよ」
「かまってくれないからです」
「・・・ったく」


口の端を拭きながら恨めしい目を向けてくる紳一くんの顔色がちょっと悪くて、少しだけ罪悪感が残った。口直しにと、もともと用意して私が持っていたコーヒーを彼に手渡す。疑うような目を向けてきたので、ブラックだよと言って微笑んだ。気分はすっきりである。


「・・・はあ」
「私が淹れたコーヒー美味しい?」
「さっきのに比べればな」


彼はそう言って、手に持っていた雑誌を畳んだ。どうやらもう見るつもりはないらしい。やっと私の方を見てくれた。


「名前はブラック飲めないんだよな」
「うん、まあ」
「お子様だな」
「なんでそうなるの」
「甘いのしか飲めないだろう」
「そんな事ないし」


悪戯っ子みたいな目をして紳一が私に近づいた。手には飲みかけのブラックコーヒー、そしてニヤリと口角が上がる。なんだか嫌な予感がした。


「なあ、名前」
「ななななに?」


そういえば紳一くんは人一倍負けず嫌いで、今までそんな彼に悪戯するといつも3倍返しくらいでやり返されてきたことを忘れてたかもしれない。普段はそうでもないのに、こういう時は妙にSスイッチが入ってしまうことを、忘れてたかもしれない!

迫りくる紳一くんが少し怖くて後ずさっていると、あっという間に背中がソファに当たり、身動きが取れないほど追いつめられてしまった。すぐ目の前には彼の顔とコーヒーのマグカップ。

(ち、近すぎ!)


「前もって言っとくが、お前の事が好きだ。だから恨むなよ」
「・・・は?」
「返事は聞かなくても分かるがな」


さらっと凄い事を言われた気がするけど、急すぎて私はすぐに理解できなかった。え、とかう、とか言葉にならない声を出してる間に近かった紳一くんとの距離がさらに縮まって、隙間が無くなった。


「ん・・・ぅ・・・」


なんだこれは。紳一くんにキスされてると気づいた時には口の中にブラックコーヒーが流れてきていて、その苦さがすぐに口一杯に広がった。驚いて頭を引こうとしたけど、後頭部に回った大きな手によって阻止された。コーヒーを飲み込んだ後も続くキスに息が苦しくなったころ、ギブアップのつもりで彼のたくましい腕をたたいた。

「はっ・・・にが、い」
「お子様」


口内に残るコーヒーの苦さに、私はおもいっきり顔をしかめた。やっぱりブラックコーヒーはまだ早いみたいだった。

息を整えてから、無理やり飲まされたことや返事をする前にキスされた事について文句を言ってやろうと思ったけど、「ばーか。仕返しだ」と優しい表情で頭を撫でられて、すっかり言い返す気がなくなってしまった。なんだよこの野郎。すきだ。そのまま腕を回してぎゅっと抱きしめてくれる彼に寄り添って私は幸せを噛みしめた。

でもその後すぐに帰ってきた紳一くんママに「ふふ。名前ちゃん顔が赤いわよ?何かいいことあった?」と、どこか含み笑いをしてそう言われて私の顔はさらに真っ赤になり、平然としている紳一くんに助けを求めるのだった。


(紳一もやるわね〜)
(何のことだか)
(うぅ・・・)




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