SHORT | ナノ
Kiss and make up.


とある週末、朝からバッチリおめかしして約束の場所に向かった私は、そこで随分と待ちぼうけをくらっていた。
2時間経っても現れない恋人にだんだんと苛立ち、次に心配して、このまま家に様子でも見に行こうかと悩んでいた時。


(・・・・・・洋平?)


目と鼻の先にあるパチンコ屋から出てきたのは、まさに私の待ち人で。信じられない気もしたけど、その周りにはいつも連んでいる桜木軍団の人たちがいたので、見間違いじゃなさそうだった。

ジッと佇んだまま見つめていると、たまたまこちらを見た洋平と目が合う。


「あれ、名前・・・こんなとこで何してんだ?友達と待ち合わせ?」
「・・・」


少し驚いた顔をする洋平に、私は無言のまま何も言う事は無かった。この男、約束のことなんて綺麗さっぱり忘れてるんだ。・・・むかつく。

だんだんと腹が立ってきた私は、彼がこちらに一歩近づこうとしたのと同時に踵を返し、そのまま彼を放って歩き出した。「洋平、名字と喧嘩でもしてんのか?」とからかう桜木軍団の誰かの声と、「・・・あ」と何かを思い出したような彼の声とが後ろの方で聞こえた。

喧嘩してたんじゃなくて、今からが喧嘩なんだよ。



次の日の朝、登校して下駄箱に向かうといつもより早い時間だったのに、すでに洋平が私を待ち構えていた。


「なあ、名前」
「・・・」
「悪かったよ」
「・・・」


早歩きの私に並んで歩きながら謝罪する洋平。喧嘩の理由なんていつだって些細なもの。それが今回は、洋平が私との約束をちょっと忘れていたというだけ。私はそのデートをずっと前から楽しみにしていたけれど、洋平がそれよりも友達とのパチンコを選んでしまった、というだけの話。・・・まったく、新台入れ替えがなんだってのよ。

眉間にグッとしわを寄せて明後日の方を睨みつける私は、たぶん、とんでもなく可愛くない顔をしてるに違いない。
耳を傾けようともしていないのに、それでも柔らかい口調で私の名前を呼んでいる洋平。
彼はいつもそう。何でもそつなくこなして、必死になったり声を荒げたりはしない。悔しいほどに大人びていて、私は常に自分の子供っぽさに落胆する。



昼休みになっても、今朝と変わらないようなやりとりの私たち。分かってる。私が意固地になってるだけだって。
でも私にだって譲れないものがあるし、謝ってもらったからってすぐに許せないこともある。


「・・・喧嘩?」


そんな様子を見てた同じクラスの流川が珍しく話しかけてきた。彼とは仲良しって訳ではないけど、まあ、学校中の女子の中ではわりと話すほうなのかもしれない。


「関係ないじゃん」
「まあ、ねーけど」


ただ今は彼とニコニコ話せるほど機嫌も優れず、私のその一蹴する態度に、やれやれと言わんばかりのため息を返された。

ああ、何も悪くない流川に八つ当たりするなんて。やっぱり私って、可愛くない。




放課後になると、私の足はバイト先のファミレスへ向かった。
今のもやもやとした気持ちのせいで接客をするのも憂うつだったけれど、幸いなことにお客さんは少なく、必要最低限の笑顔で乗り切ることが出来たので内心でとてもホッとしていた。

お店の窓から見える景色がすっかり暗くなった頃、仲のいい大学生の先輩たちと入れ替わりで仕事を終えた。更衣室で制服を着替えていると、先輩のうちの一人が忘れ物を取りに来たついでに思い出したように私のほうを見た。


「そういやさ、皆で話してたんだけど、裏口の近くにちょっと不良っぽい高校生がいたんだよね・・・わりと男前の」


不良という単語に耳がピクリと動く。その人物に心当たりがありすぎて動揺するも、「へえ〜、なんで裏口なんかに。暇なんですかね」と興味なさげに返事をした。


「さあ…暇っていうより誰かを待ってる風だったけど、一人で帰るなら気をつけるんだよ」
「そう、ですね」


そう言い残してった先輩の背中に「お疲れ様でーす」と声をかけた。



(・・・やっぱり)


戸を開けてすぐ、両手をポケットにつっこみながら花壇にもたれていた洋平を見つけた。先輩の話を聞いた時から予想はできていたので、そこまで驚くことは無い。



「・・・どうしたらいい?」


黙って歩く私の後ろで、洋平が参ったとでもいうように弱気な声でそう言った。
普段あまり聞かない声音に一瞬ドキッとする。こんな洋平、知らない。


「ど、どうもしなくていい。ほっといてよ。友達と遊んでればいいじゃん・・・」

つい口をきいてしまって、後悔した。返事なんてするつもり無かったのに。
でも、私がそんな態度でも、洋平は私について来ていた。


ーーーガシャン!


もしかして家までこのままなのかと考えていたところで、ちょうど通りかかった公園のフェンスが大きな音を立てた。
びっくりした私はその場で硬直して、音がした方を恐る恐る振り返った。すぐ近くで洋平が同じように音の出どころを辿っているのが分かる。


「・・・わっ!」
「・・・・・・」


視線の先にあったのは、暗がりの公園で熱烈なキスをするカップルで。見てはいけない光景を見てしまったような罪悪感と、驚いて思考が飛んでしまった私の手を、誰かが急に引っ張った。
誰かといってもこの場で私以外の人間なんて洋平しかいないんだけど、喧嘩していたことも忘れて私は心底彼に感謝した。

思い出すだけで顔が赤くなるような光景に、少しだけ体温が上がった気がした。もしかしたら、手を繋いだままの彼にも伝わっちゃってるのかもしれない。

そして、あっという間に家の前に着いた。



「洋平、あのね」


私の声に振り返った洋平が、ん?と首をかしげる。


「どうしたらいいって言ったよね」
「言ったな」
「その・・・して、くれたら許す」
「何を?」

「・・・キス」


ぽかんと黙ったままの洋平。ただでさえ高かった体温がもっと上がって、熱さで少し汗ばむくらいだった。
こんなこと、自分から言うのなんて初めてだ。しかも、今は喧嘩中で、あんな光景を見たあとなのに。


「・・・呆れちゃった?」


そう思われても仕方ないとは思う。何度も謝ってくれた彼に対して無視をしたし、許そうとしなかった。

でも、だって。彼と手を繋いでいたら、だんだんと怒りなんて無くなっていって。楽しみにしていたデートが出来なかった分、彼に触れたいと思ってしまったから。なかなか素直になれない子供な私だけど、本当は仲直りがしたい。


「そんなんで許してくれんのか?」
「・・・う、ん」
「・・・」


じっと私の目を見たままの洋平。何も言ってくれなくて不安で、彼から視線をそらした。
もしかして、怒らせたのだろうか。


「・・・はあ〜〜〜〜」


その時、頭上で洋平が大きなため息をついた。ビク、と緊張する私の耳に彼の柔らかい声が届く。


「俺に都合よすぎだよなあ」
「へ?」
「・・・名前、ほんと可愛い」
「んっ、」


あっという間に腰が引かれて、そっと唇が触れた。頬にも片手が添えられて、なんというか、すごくあったかくて幸せだった。
ただ触れているだけの、軽いキス。ずっとこうしていたいと思った。思ってた・・・んだけど。


「くっ苦しい!長いっ!」
「悪い、つい」


そうやって小さく笑いながら、私をぎゅうと抱きしめた洋平。あんなに長いキスをしといてなんだけど、こんな玄関先で抱き合ってて誰かに見られやしないかと今更ながらにハラハラしてきた。

いい加減、抱きしめたまま離さない洋平の背中をタップする。


「も、もういいから!許したから!離して」
「えー?どうすっかなー」
「洋平!」
「クク・・・仲直り、な?」


体を離すと、普段はしないようなニコニコした顔の洋平がいた。


(う・・・かわいい・・・)


私しか知らないだろう彼の姿に胸がキュッと締め付けられる。あれほど怒っていたのに、それだけでもう、全部が忘れられた。


(さっきのカップルみたいなキスは要らねーの?)
(いっ、いらない!)


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