SHORT | ナノ
特別なクリスマス


世間がクリスマス・イヴで盛り上がる中、私はいつも通りにバイトを終えてさっさと家に帰る。うちの家族はこういった行事を楽しんだりだとかはあまりしない方だったから、そんな環境で育った私はもちろん今日のこの日を恋人と過ごしたいとは思ってなかった。
それは決して強がりなんかじゃなくて。電話で友人に今日のデートの予定を自慢されても本当に羨ましくも何ともなかったし、むしろこんな寒い日の夜に外に出かけるということに感心さえしていた。

そんな風に、冬休みだというのに家でじっとしてるかバイトに行くという色気のない私のことを周りの友人は口々に可哀相だと言った。好きでしていることなんだから余計なお世話だと内心では思うけど、それを口に出すことはなかった。



「・・・名前」


あっという間にイヴを過ぎて、クリスマス当日。その日も変わらず近所のコンビニでバイトをしていた私が仕事を終えて店を出ると、目の前にのそっと誰かが現れた。片手を上げたその大きな男ーー流川楓に近づいて、隣に並ぶ。制服の上にコートを着込んでマフラーで鼻まで隠れているその姿が可愛くて思わず笑ってしまった。


「練習、早く終わったんだ?」
「クリスマスだからって、先輩が」
「へえ・・・宮城先輩だっけ。それって、あのマネージャーさんとクリスマス過ごしたいだけなんじゃない」
「たぶん、そう」


まだ練習がしたかったと言わんばかりの顔で白い息を吐きながらそう呟いた楓は、次に私に視線をやった。


「・・・なに?」
「どっか、寄ってくか」


そう言って自然と、私の小さな手をひと回りもふた回りも大きなその手で包み込んだ。包まれた右手が暖かくて、私もそっと握り返した。

楓とこうやって手を繋ぐのはもちろん私たちが恋人同士だからであって、クリスマスについてあーだこーだ言ってはいても、ちゃっかり彼氏はいたりする。それもイケメンのスポーツマン。背も、高い。


「やだよ寒い」
「・・・言うと思った」
「分かってるじゃん」


みんなが羨む自慢の恋人は、私が特別な日に執着がない事をちゃんと知ってる。クリスマスだけじゃなくて誕生日も、バレンタインも。
今日だって本当は楓がバスケで忙しいから会うつもりもなかった。だからって会いたくなかった訳じゃないけど、ただ必要はないと思ってた。それに、楓にはバスケに集中して欲しいと思ってるし。


「ほんと、珍しい」
「・・・ん?」
「普通は一緒に過ごしたいとか、言うんじゃねえの」
「ああ、クリスマスね」
「・・・プレゼント欲しいとか」
「いいよ、そんなの」


一見、行事とかそういうバスケ以外のことに無関心そうな楓だけど、意外とこうしてきちんと考えてくれてたりする。私がいらないって言っても、誕生日を祝ってくれたりこうして外に連れて行こうとしたり。そういうのが嬉しくない筈はない。プレゼントだって、貰えば大事にする。でもね、


「記念日とか行事とか・・・そういう日よりね、なんでもない日に一緒に居てくれる方がずっと嬉しいよ」
「ほとんど毎日練習してる、けど」
「休みの日は会いにきてくれるでしょ」
「・・・名前はそれで足りんの」
「十分ね。手間いらずの彼女だよ良くない?」


私がそう続けると、む、とした顔で黙りこんだ楓は繋いでいた手をほどいてその両腕で私を閉じ込めた。楓の荷物がどさりと地面に落ちた音がして、私の意識がそちらに向くと、すぐに身体が離れた。

(・・・あったかかったのに)


離れた体温を名残惜しんでいると、今度は身をかがめた楓の顔が近づいてきて、あっという間に唇が触れた。手や腕の中と違ってひどく冷たいそれに驚いた私が一歩下がろうとしても、ガッチリと腰と頭に回った腕が離してくれそうになかった。
ただ触れ合うだけの口付けがだんだんと暖かくなってきて、じわじわと心まで染み渡る。楓がぐるぐる巻きにしているマフラーが邪魔だなと思い薄く目を開くと、同じく薄く開かれた切れ長の目と視線が合った。それがなんだか恥ずかしくなって楓の胸を押せば、唇の温もりはそっと離れていった。

人通りの少ない道路とはいえ、まだ少し明るい時間に外でキスなんて。普段なら絶対にしないのに。


「・・・なんか、怒ってる」


落とした荷物を拾うのに屈んでいた楓の背中に問いかけた。


「さっきの・・・」
「手間いらずってやつ?」
「それ。手間なんて思わねー」
「・・・ふうん?」


「俺は・・・クリスマスでもなんでも口実にしてもっと名前と居たいし、何かしてやりたいって思う。それは手間なんかじゃねー」


もう一度マフラーを鼻先まで引き上げた楓は視線をそらしながらボソッとそう言った。それを聞いて私の頬は簡単に緩み、自分から楓の胸に抱きつく。急なそれも、楓はしっかりと抱きとめてくれた。せっかく拾い上げていた荷物がまた、どさりと落ちる。


「私すごい想われてる」
「・・・ん」
「クリスマスも、悪くないかも」


今まで興味なんてなかったけれど。それこそこんな風に自分のことを思ってくれる恋人と、少しでも一緒に過ごす口実になるのなら。


「これからはもう少し記念日とかも大事にしようかな」


私がそう言って楓の胸にうずめていた顔を上げると、本日二度目の口付けが降ってきた。それはさっきのよりも幾分か甘くて、口の中でほんのりと苦さを残して溶けていった。


「これ、前に私が食べたいって言ってたチョコ?」
「・・・」


黙ったまま何も言わない楓のマフラーを引っ張って、もう一度、唇を重ねる。大胆な自分のその行動に驚きながらも、私は楓と触れているこの温もりから離れられそうになかった。それにしても、今の一瞬でチョコを口に含むなんて凄い早技。



(甘いクリスマスプレゼントをありがとう)





×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -