SHORT | ナノ
落書き


数学の授業中、チラッと隣の席を見ればさらさらとシャーペンを動かす牧君がいて、ときどき前髪をかき上げながらあまり迷うそぶりもなくプリントの問題を解き進めているようだった。
私はというと、全然埋まらない解答欄を睨みつけながらたまに牧君の横顔を盗み見る、その繰り返し。問題、牧君、問題、牧君。


大嫌いな数学が自習時間になったのを手放しで喜んだのもつかの間、代理の先生から配られた課題のプリントは殺生なことに提出期限が今日中とのことで。もう授業が始まってから半分が過ぎようとしてるのに、私はまだ2問目を彷徨っていた。

(・・・絶対これ終わらないよ)



いつからだろう牧君を好きだと認めたのは。今はもうキッカケなんて忘れてしまったけど、とにかく今の席順になる前から彼の虜だったのは確かで。皆が憧れ尊敬する海南の牧 紳一君のことを好きな女の子はいくらでもいて、私はその大勢の中の一人。それなのに初めての恋愛で自分に自信なんてないくせに、その相手があの『牧君』だなんて自分でも身の程知らずだと思う。
でも一度好きになってしまったらもうどうしようもなくなるような、そんな魅力が間違いなく彼にはあった。


答えどころかどの公式を使うのかさえ分からない問題を諦めて、また牧君を見る。

(あ、欠伸・・・)

動き続けてたシャーペンを止めて口に添えられた手は大きくて男らしい。もしかしてもう課題を終えてしまったんだろうか。先生が認めるほどだけあって牧君は優秀だからこれくらいの問題を解くなんて造作もないことなのかも。


「・・・名字、どうかしたのか」
「えっ?」

ぼうっとしてたから牧君の呼びかけに慌てて返事をする私。課題を放ったらかして牧君ばっかり見ていたから不思議がられたみたいで、現に彼は俺に何か?と言わんばかりの表情をしている。
牧君のこと考えてましたなんて言えやしないので誤魔化すようにへら、と笑いながら「問題、解けなくて」と言ってお手上げのポーズをした。

「・・・名字は勉強できそうなイメージだった」
「まあ・・・数学以外、は」
「へえ。で、何考えてたんだ」
「う・・・」

代理の先生は課題プリントを配ってすぐに職員室に帰ってしまったから、クラスのほとんどの人はおしゃべりしながら問題を解いているようで、私と牧君がこうして話していても誰も気にする人はいなかった。
それにしても困った。何を考えてたのかと聞く牧君の目は真っ直ぐに私に向いていて、彼のことを好きな私の心臓は現在進行形で鼓動が速まっていた。

「お、お腹減ったな〜と思って」
「・・・昼休みからまだ1時間もたってないぞ?」
「それは、そうなんだけど」
「気のせいかもしれんが・・・ずっと俺のこと見てなかったか?」

(バレてる・・・)

あー、だとかうー、だとかとにかく曖昧な声しか出ない私は彼から見ればさぞ滑稽な姿なんだろうと思う。

(ごめんなさい見てました、何回も何回も。牧君が好きなんです、初めて好きになったんです)

こうやって心の中ではいくらだって言える言葉も、私の口から発せられることは無くて。いい加減、何も言わない私に呆れたのかそれとも興味がなくなったのか、牧君は「言いたくないなら別にいい」と少し眉を下げて苦笑いをしていた。
ああ、彼にこんな顔をさせるなんて・・・変なやつだと思われてたらどうしよう。


「まだ時間もあるんだ、数学教えてやるよ」

私が心の中で大泣きしていると、隣からそんな声が聞こえた。あまりにも自分に都合がよすぎる提案だったから、私は一瞬耳を疑った。でも、片手で頬杖をしながらこちらを向いてる牧君は間違いなく私の目を見ていて、どうやら本当に課題を手伝ってくれるみたいだった。
どこが解らないんだ?と言ってその長い腕を伸ばすと、ほぼ真っ白に近い私のプリントを手にとって目を通す牧君。

(牧君に教えてもらえるなんて・・・幸せすぎる・・・!)


「最初っから、わからなかったり・・・」
「・・・」

嬉しさと申し訳なさが混ざって小さな声しか出なかった私は、プリントの一点を見つめたまま動かなくなった牧君に首を傾げた。

(どうしたんだろ・・・)


そのまま見続けていると、よく日に焼けた彼の耳が私からもハッキリ分かるほどに赤くなっているのに気が付いた。
もしかして私のあまりの馬鹿さに呆れかえって、怒りで顔に血が上ったなんて事はないよねと彼をそっと伺いながら心の中で考える。もはや半泣きの私が恐る恐る「牧、君?」と呼べばハッと我に返った様子で、そのまま一度私の方を見たかと思えばシャーペンを手に取って、何やらプリントにさらさらと字を書いた。

「・・・返す」

二つ折りにしたそのプリントをさっぱり状況を分かってない私の頭に乗せた彼は、さっきと同じように頬杖をついた。
その視線を直視できなくて、逃げるように開いたプリントの余白に書かれた文字を目で追う。自分の字でかかれたそれを見た瞬間、まずは顔に熱が集中して、それからすぐ下にある彼の字を見て今度は私が一点を見つめたまま動けなくなる番だった。・・・そんな、まさか。


「こここれっ、本当・・・っ?」

高鳴る鼓動と熱くなる顔とついでに変な汗を全部無視して、牧君を振り返った。思わず手に力が入り過ぎて、持ってるプリントにはおもいっきりシワが出来てしまった。


「・・・書いたまんまだ」

その言葉を聞いてもう一度、綺麗な字で書かれたそれを見つめた。


名字が好きだ


そう書かれた彼の文字のすぐ上にある私の落書きを指で軽くなぞる。無意識のわりにしっかりとした文字で書いてあったのは、私が決して口にすることが出来なかった言葉。
たぶん牧君を盗み見てる時に何気無く書いてしまったんだと思う。


牧君が好き


授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いてクラスメイトたちが騒ぎだす中、顔を赤くしたまま動かなかった私たち。



「プリントは日直が集めるように」

戻ってきていた先生がそう言ったと同時に、とても提出なんて出来そうにない自分のプリントを見て、にやける顔を隠しながら、さてどうしたものかと頭を悩ませた。



落書き (牧ver.)


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