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無重力


よく皆には「変わってるね」って言われるけど、自分ではそうは思ってなかった。ただ、気になることがあったらずっとその事ばかり考えて、他のことが手に付かなくなるだけ。

私が優先するのは、勉強や友達なんかよりも自分の好奇心。それだけのこと。



「おはよ、名前ちゃん」
「・・・おはようって言うには、遅すぎるけどね。もう昼休みなんだから」
「ハハ、そうかも」


寝坊しちゃったんだ、って笑いながら仙道君は私の隣にある自分の席に座った。遅刻したくせにそんなことどこ吹く風で、相変わらずマイペースな人だなと思う。

彼はその大きな体を傾けて横から私が食べてるお弁当を覗いて、美味しそうだねと呟いてからにこりと微笑んだ。


「卵焼き、ちょうだい」


私の返事も待たずに口を開けて首を傾げる姿にまたか、と呆れながらも私は自分で作ったそれを箸でつかんでぽいっと彼に食べさせた。こういうことは日常茶飯事だった。


「甘いね・・・ん、美味い」
「私、甘い派なの」
「俺も卵焼きは甘い派だよ」
「気が合うね」
「ねー」


仙道君は、気がつけば頬杖をしながら私の方を見ている事が多かった。今もそう。何が楽しいのか分からないけど、その顔はいつでもにこにこしていた。

彼は私がひとりでお昼ご飯を食べていても何も言わない。だからといって、私があまり人と関わっていないのに気付いていても、変に気を遣ったりもしなかった。
いつでも自然体で、それでいてどこか人を惹きつける雰囲気が、彼にはある。実際に多くの女の子が彼に憧れているようだし、近くには常に恋人らしき人がいたように思う。ただ、最近はそれらしき姿を見ることが減った気もしていた。

そんな仙道君は私の好奇心の対象で、気楽に話せる数少ない友人でもあった。





先生が出張だとかで、今日最後の授業は自習になっていた。その時間中にやるようにと課題が出されているけど、私はシャーペンを手にしてさえいなかった。
自習だからだろうか。クラスはいつにも増して騒々しく皆好き好きに話したり移動したりしていて、自分の世界に閉じこもるには絶好の環境だった。

一度気になったら、頭の中でその事ばかりを考えてしまって基本的には誰に話しかけられても返事をすることは無かった。小さな頃から変わらない私の癖は(これを癖というのかは疑問だけど)、周りの人には受け入れ難いものらしくて、そのせいで友達と疎遠になったことも少なくはなかった。



「名前ちゃんが最近気になってる事って、何なの?」
「聞いてどうするの?」


・・・なのに、仙道君だけは露ほども気にする様子はなくて、むしろそんな私を見て楽しんでるようだった。彼の机に視線をやれば、課題どころかペンケースさえ見当たらない。
ふと、もしかしたら彼の中でこれはゲーム感覚なのかもしれないなと思った。話しかける、返事がない、話しかける、返事がない。話しかける、返事があった。自分の勝ち・・・みたいなね。

(そんなわけないか・・・)



全然関係ないことに思考が逸れていたのを、なんとか元に戻す。

私がそうしてぐるぐると考え込んでいた間も仙道君はただジッと私を見ていたみたいで。ようやく目が合えば「教えてくれないの?」と言って、いつもとは少し違う何か企んでるような嫌な笑い方をした。


「当てようか」


騒がしいクラスの中で、私の耳にはその声がハッキリと聞こた。お腹に響くような、低くて落ち着く声。



「当たったら俺のお願い聞いてくれない?」
「・・・私、本当のこと言わないかもよ」
「名前ちゃんの顔見てたら分かるよ」


自信ありげにそう言って片目をつむった彼は、本当に楽しそうにしていた。仙道君じゃないけど、私が見る限り彼の顔には負ける気はしないと、そう書いてあるように思えた。


仙道君のお願いとやらが何かは教えてくれなかったけど、退屈な自習時間の暇つぶし位にはなるかと思ってそれを承諾した。やっぱり彼はゲームが好きなんだなと、私はひとり納得する。
仙道君のことだから、お弁当を作って欲しいだとか代わりにノートを取ってくれとかそんなお願いじゃないかな。ノートだとしたら真面目に授業を受けないとダメだから嫌だなと、また私の思考は少しずつ逸れ始めていた。


「おーい名前ちゃん、戻っておいで」
「・・・ごめん」
「別に謝ることじゃあないよ」


その言葉を聞いて、私はサッと彼を見上げた。初めて言われたそれに、今まで感じたこともないくらいに胸が暖かくなった。仙道君の一言で、だんだんと脈が早くなる。

そんな私の様子を見てクク、と笑った彼は私の方に近づいて、小声で続けた。


「俺のことだろ。名前ちゃんが考えてたこと」
「・・・」
「最近ずっと俺のこと考えてるだろ?さっきも、今だって」


・・・違う?


私を真っ直ぐに見つめてそう聞く仙道君に何か言わなくちゃと思っても、私は言葉を忘れたみたいに声が出せなかった。その代わりに、自分の心音が、やけに早く大きくなってるのに気がつく。


「そんな顔したら、正解だってバレバレだよ」


横から仙道君の手が伸びてくる。その手は私の頬にそっと触れて、優しく撫でてから離れていった。
熱い。彼に触れられた頬が熱を帯びたせいで、きっと今の私はさぞ血色のいい顔色をしてるんだろうなと想像した。

いつものマイペースでひょうひょうとした仙道君ではなくて。いつの間にか、私の知らない彼が目の前にいた。


「俺のお願いだけど」
「・・・な、に?」


私の好奇心はいつも掴み所のない仙道君に向けられていて。最近は授業中でも家にいる時でも、ふとした瞬間に考えるのはたいてい彼の事だった。つまり仙道君が言ってることは正しくて、暇つぶしのこのゲームは私の負け。負けたんだから、お願いはちゃんと聞かなくちゃいけない。

私は早鐘のように打つ心臓を抑えるようにして、ただ彼の言葉を待った。


「俺のことずっと考えててよ」
「え?」


困惑の表情を浮かべる私に、



「そのまま・・・好きになって?」



そう言って微笑んだ仙道君。ちょっとした好奇心で気になっていただけなのに、今ので私の心は完全に、彼に捕らわれてしまった。



まさか私がこんな風に、ひとりの人に心奪われるとは思いもしなかった。

そう、仙道君に興味を抱いたキッカケは本当に、本当にただの好奇心だったから。彼をぼうっと眺めている時に、ふと目についたその髪型。無重力状態のように逆立てられた髪がどうやって保たれているのかが気になった。それだけのことだったのに。






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