ピー・エヌ | ナノ
踏めばくぼむ
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「あ、上野さん」
「やあ名前ちゃん、どんどん可愛くなるねぇ〜!あ、ヤラシイ意味じゃないよ、なんたって僕には最愛の妻が……」
「もう……奥様自慢は聞き飽きました!」
「ははは、そうかい?」


私が声を掛けると、ちょうど一区切りついたところなのか運動していた手を止めた上野さん。いつも笑顔の子供っぽいおじさんで、冗談を言うときクシャリと増える鼻の皺がなんとも可愛かった。


「奥様も上野さんにこれだけ想われて幸せでしょうね」
「いや〜おじさん照れちゃう」
「クネクネして引かれないおじさんってのも珍しいです」
「……それ貶してる?」


そんな訳無いですよ、と笑いかければ上野さんは納得したのか手に取ったタオルで汗を拭った。


「しかし、本当に変わるものだねえ」
「何がですか?」
「名前ちゃんのことだよ!丸々してるのも僕は好きだったけどね〜」
「どうせ昔飼ってたハムスターに似てるからって理由でしょう?」
「それも前に言ってたかい?……いや手厳しい、ははは」


可愛く笑っても駄目です嬉しくないから。うら若き20代の乙女を捕まえて太ったハムスターに似てたなんて暴言でしかないよね。


「でもま、褒め言葉として受け取っておきます」


ふう、と小さく溜息をつく。

さて私も今日のメニューをこなすかとランニングマシンに足を乗せたところで、「そういや、名前ちゃんはイイ人いるのかい?」と一歩違えばセクハラまがいの質問をしてきた上野さん。何でそんなことを聞くのかと不思議に思う。


「残念ながらいませんよ?いたら毎日ジムには来ません」
「そうだよねえ……いや急にすまないね。じつはおじさんの部下でこれまた良い男がいるんだけど、きっと名前ちゃんのことを気にいるんじゃないかと思っててね」
「お、おお……そそそそれはまさかのお見合い話的なアレですか」
「その通り〜」


何を言われるかと思えば、いきなりの見合い話。いやそりゃね、上野さんが私のことを気に入ってその部下さんにも紹介したいと思ってくれるのは素直に嬉しい……んだけど。そういうのは私にはちょっと早いかな?だってホラ、私まだ20代前半だし。


「って、吃驚するよね。深く考えなくていいからね〜〜そのうち気が向いたらさ、言ってくれるかい?おじさん頑張っちゃうから!」
「……じゃ、じゃあ……その時はよろしくです」


そんな時がくるかは分からないけれど、まあ善意は受け取るものかと自分を納得させながら、ここでようやくマシンのスイッチを入れた。

走りながら横目で上野さんを見る。20代女子よりもキャピキャピしてるこのおじさんをどうしようと真剣に考える私。そこへ、ぬっと近づいてきたのはちょっとだけ久しぶりの仙道くんだった。


「名字さん……その時って?」
「やあ仙道くん、今日も大きいねえ」
「そーすか?」


彼はツンツン頭の後ろに手をやりながら、もう一度私の方を見た。それに答えたのは私ではなく、やっぱり上野さんだった。


「名前ちゃんにお見合いを勧めてたんだよ」
「え、お見合いですか?」
「ほら、名前ちゃん可愛いし。おじさん子供がいないから娘のように思っててねえ。ついお節介をさっ」
「へえ……」


そうなの?という視線を向けてくる仙道くんに、走りながら頷く。


「それで、仙道くんはイイ人いるのかい?」


どこかで聞いたような、というかさっきとまるで同じ様な展開に私はただ苦笑いをしていた。


「付き合ってる人はいないけど、気になる人ならいますよ」
「そうなのかい?いや〜〜いいねぇ、若いっていうのは!」
「上野さんだってまだ若いデショ」


おじさんが若かった時は君くらいハンサムだったんだけどねぇ、と昔を懐かしむ上野さん。たしかに上野さんの30年前はカッコ良かったんだろうなと思う。今だって十分魅力的なおじさまだとは思うし。

でも、それよりも私が意識を向けたのは仙道くんに気になる人がいるというところだ。こんなイケメンに想われるくらいだからよっぽど可愛いかもしくは美人なんだろうな、と想像する。まあ想像してみたところで、私とはかけ離れていることくらい分かっているけれど。

いまだ話を続ける二人を他所に、マシンの速度を一段階上げた。


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