ピー・エヌ | ナノ
覆水盆に返らず
( 6/32 )


「名前、いい事でもあるの?」
「え……なんで?」
「なんか今日ずっと楽しそうだから」
「あ〜……最近仲良くなった子と夜飲みに行くんだ。それでかな」
「なにそれっ……男!?」
「お、女の子」


瞬時に目をキラキラさせた職場の同期は、私の返事で肩をシュンとさせた。可愛い見た目とは裏腹に超がつくほどの肉食女子である彼女は「男紹介して」が口癖だ。もしジムにとびっきりのイケメンがいるなんて教えたらどうなるんだろうと想像して、ひとりで笑った。絶対、仲介しろだの言ってダイエットの邪魔するから教えないけど。

ほどなくして時計の針が6時を指し、仕事を終えた私は軽く身支度してサエちゃんが待ってるお店に急いだ。





「はい、名前さん。こっちのお肉も美味しいよ」
「ほんとだ〜柔らか!うま!」
「いつも頑張ってるからたまにはご褒美がないとね」
「嬉しいよサエちゃん〜〜美味しいよぉぉ〜〜」
「幸せそうに食べますね、餌付けしてる気分!」


そう言って満面の笑みで笑うサエちゃん。餌付けとは何事かと言い返したいところだけど、まったくその通りだから黙ってお肉を飲み込んだ。

ダイエットは概ね順調に思えた。ガクッと体重が減ることは現実的に無かったけれど、徐々に成果が出ているのが自分でも分かった。イライラしていた停滞期を抜けて心なしか身体は軽く、顔のラインが細っそりしたような気がする。

だから最近の私は機嫌がいい。こうして仲良くなったサエちゃんと飲むのも楽しいし、ご褒美デーと決めた今日、久しぶりに美味しいものを食べられるのが何よりも嬉しかった。



「なんだよ、名前じゃん」


……それなのに、気分良く飲んでいた私たちの前に現れた男が、このハッピーな時間をぶち壊してくれた。


「相変わらずそんなんばっか食ってんだな。俺がフれば少しは痩せるもんだと思ってたけど」


そいつ……元彼は偶然私たちの席を通りかかると足を止めて、半笑いでこちらを見下ろしていた。「あんたも一緒にいて呆れねえ?」と、私を指差しながらあろうことかサエちゃんに話しかけた。

私は何を言われたっていいけど、サエちゃんにまで話しかけるな馬鹿男。困らせるんじゃないわよ。
心の中ではいくらでも言い返せるのに実際には何も言葉を発せなくて悔しい。フラれて数ヶ月も経つのに未だあの時のことを思い出して胸が締め付けられる思いだった。


私、まだ変われてないんだなぁ……



「……酷い男。サイテー」


すぐに元彼がいなくなって、その背を睨みつけていたサエちゃんが黙ったままの私を気にしながらポツリと呟いた。


「ごめんね、せっかく楽しく飲んでたのに」
「謝ることじゃないです。名前さん何も悪くないんだから!」


眉を釣り上げてグラスのビールを飲み干したサエちゃんは、お皿に残っていた料理もすごい速さで口にしていった。それらがあっという間に片付くと、勢いよく立ち上がって私の手を引く。さっさと店を出ようとする雰囲気のサエちゃんに私も逆らわず、お会計をしてその店を後にした。


「あー胸くそ悪いヤツ。決めたっ!絶対見返してやる!それであんなクソ男より百倍かっこいい彼氏捕まえてやろうよ名前さんっ!」
「サ、サエちゃん……熱いネ……ははは」


折角のご飯だったのに台無しにしてしまい申し訳ない気持ちでいた私は、何やら気合いのこもった握り拳を掲げている彼女に乾いた笑いを返すしかなかった。

サエちゃんの背中に仙道くんの影が見えた気がしたのは、久しぶりにお酒を飲みすぎたせいなのだろうか。


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