ピー・エヌ | ナノ
口に針
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運動を始めてから努力の甲斐もあって、体重はほんのちょっとずつだけど減ってきていた。


「ぜぇ……はっ、はぁ……ぐす」


だけど近頃は、停滞期というやつなのかどんなに走ってもどんなに食事制限をしてもビクともしない。このわがままボディはどうしたら控えめになってくれるの!とひとりでイライラする時間が前より増えた。

そういう時、決まって声をかけてくれるのはサエちゃんだったり上野さんだったり……あとは、仙道くんだったりする。
彼は会員さんの接客をしながら、私と目が合うといつもにっこりと笑って側に来た。年下なのにそうは思えないほど普段から落ち着いていて、良くも悪くもマイペースだ。
最初こそイケメンだからといって遠慮していた私も今では気軽に世間話だってするし、彼に言われて『仙道さん』から『仙道くん』呼びに変わってもいた。


「焦っちゃダメだ。まだまだこれからなんだから」
「……ハーイ」
「その調子。無理はしないことだよ」


前に協力すると言った言葉の通り、仙道くんはこうして励ましたり気にかけてくれることが多いから、私はちょっとずつ彼にも頼るようになっていた。







「名前さんって根性ありますよね」
「……そう、かな?」


仙道くんと入れ替わりで出勤したサエちゃんは、私を見つけるなり嬉しそうに笑った。そして、腹筋の仕方をアドバイスしながら「困ったことないですか?」と私の心配までしてくれた。

サエちゃんや仙道くんにとっても良くして貰ってるし、上野さんとも楽しく交流しているし。想像していたよりもダイエットライフは充実しているから、基本的に困っていることは無かった。ただ、あえて気になるとすれば……


「そういやなんか私、受付の子たちに嫌われてるっぽくて……」
「え?名前さんが?……あ、」


頭にハテナを浮かべていたサエちゃんは、ふと思い当たるところがあるように頬をかいた。


「も、もしかして……なにかジムの迷惑になることしてる?」
「あー。無いです無い無い。全然気にしなくていい!」
「え、なにかあるの?ねえ!サエちゃんっ」


一人で頷いてるサエちゃんの両肩をガタガタ揺らす。「目がまわるぅ」とされるがままだった彼女は、観念したように両手を挙げた。


「いや〜ほら、名前さん、仙道くんと仲良いでしょう?」
「え?普通だと思うけど……」
「あれが普通ぅ?……とまあそれは置いといて、とにかく、ただのやっかみですよ。仙道くん目当てでバイトしてる子とか、会員の人とか多いから」


そんな理由で目の敵にされていたなんて。置いとくも何も私と仙道くんの仲なんて普通なのになぁ、と首を傾げる。それをやっかまれたところで、私なんて彼にとってはただの会員の一人なのに。

というか冷静になって考えて欲しいよね。あのモテ男の仙道くんが私みたいなぽっちゃり相手にするわけ無いでしょうに!……自分で言ってて悲しい。


「本当に迷惑な話ですよねぇ。最初、私も同じでしたよ」
「えっ!サエちゃんも……?」
「こんな性格だし、馴れ馴れしいと思われたみたいで。ちゃんと彼氏いるっての!」


まあ、誰とでもフレンドリーで美人なサエちゃんだったら、嫉妬してしまうのもわかる気がする。確かに仕事上、彼女は仙道くんと一緒にいることが多いし、彼も彼女には遠慮してる様子も無くて仲良く見えるから。何と言っても並ぶと絵になるんだよね……


「でも仕方ないよ、仙道くんイケメンだもん」
「名前さんはあんまり仙道くんを意識してないみたいだけど。珍しいんじゃないですか?」
「……今まで年下の子を意識したことなくって」
「へえ、そうなんだ。でも私からすれば、結構お似合いの二人だと思いますよ!」
「またまた!仙道くんだって相手の体型は選びたいでしょうよ」


自分のお腹をつまんでハァ、と溜息をついてみせると、サエちゃんは「仙道くんは体型で人を判断しませんよきっと」と言って私の背中をパシッと叩いた。

なんだか私が仙道くんを好きみたいな流れになってるけど、断じて違うからね。本当に仙道くんはただのスタッフさんで、それ以上でも以下でも無いんだから。未だに嫌な視線を向けてくる周りの女の子たちに、ハッキリとそう言ってやりたかった。


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