無くて七癖
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「名字さん、これ落としましたよ」
今日も今日とて仕事終わりにジムでしっかり汗を流してから更衣室に向かおうとしていたら、その途中で大きな手が肩に乗った。
先日挨拶したばかりの仙道さんが差し出したのは、さっきまで私が使っていたタオルだった。
「あ……ごめんなさい!汗拭いたタオルなんて拾わせて……」
「ハハ、そんな慌てなくてもいいのに。汚いなんて思わないし」
どうぞ、と手渡されたそれを持ちながら私は苦笑いするしかなかった。うん、良い子だ。年下の男前にこんなもの触れさせて……なんだかとてつもない罪悪感だった。
そんな事を考えていると、彼が私の手元をスッと指差した。
「良い色っすね、そのタオル」
「え……これ?」
「懐かしいな」
良い色と言われても、至って普通の白地に濃い青と水色の線が入ったタオルだけど?と疑問の目を向ければ、仙道君は昔を懐かしむように目を細めた。そして首に右手をやって、少し口元を緩める。
「俺……ずっとバスケやってて、高校のときのユニフォームがそれと同じ色なんですよ」
「白と青?」
「うん。配色の感じとか結構似てる」
「へえ……そうなんだ。バスケ部だったんですね」
通りで、いい筋肉だと思った。Tシャツの袖から見える腕は近くで見るとより一層逞しく感じる。やっぱりイケメンだよねぇ、などと感心していたら、なにやらじっと見下ろされているのに気が付いた。今度は一体何でしょう。
「……毎日頑張ってるけど、もしかして何かあった?」
「……いやあ、人様に話せるようなアレでは」
意外とぐいぐい核心に触れてこようとする仙道さんに、曖昧に笑って返す。第一印象だと、彼はニコニコ笑顔に感情を隠してもっと人と距離を取るタイプだと勝手に想像してたけど……違うのかな。
このままじゃ引き下がってくれなさそうな気配に、私は止む無く折れた。
「まあその……太り過ぎてフラれちゃったんですよね……こっぴどく」
ごにょごにょと口籠もりながら、ジム通いの理由を白状する。私は一体何を言わされてるんだ!と自分で自分に呆れる。
せめて馬鹿正直に言わずに、健康の為とでも誤魔化したほうが良かったかな……それも理由のうちの一つではあるし。ああ失敗した!
そんな私の後悔をよそに仙道さんは何故か眉を顰めて難しい顔をしていたので、もしかしてドン引きされたのではと背中を冷や汗が伝った。さすがにこんなイケメンに悪口言われたら立ち直れない。
「……俺、協力します」
ん?と一瞬耳を疑った。協力……誰に?私に?
さっきまでの怒ったような雰囲気は綺麗さっぱり無くなり、また美しい微笑みを見せた仙道さん。いやあの、眩しすぎてお姉さん目が痛いなぁ……
「見返しましょーよ、その男」
「…………どうも」
言われるまでも無いですとは口に出来ないので、小さく頷くだけにしておいた。
いつも会員さんと接するときアンニュイな表情をしていることが多いくせに、笑顔の裏に妙な強引さを持ってる男の子だなぁと内心でため息をついた。