ピー・エヌ | ナノ
恋は思案の外
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ー 仙道視点 ー


ジムの仕事に向かう途中、会いたかった人の背中を久しぶりに見つけた。前よりもさらに細っそりしたその後ろ姿が綺麗で、俺はすぐに思ったことを彼女、名前さんに伝えた。

「はいはい、ありがとう」と照れながら軽く流す名前さんも可愛くてつい口元がにやける。彼氏に体型のことでこっぴどく振られたから痩せるんだと、いつも必死に頑張っている彼女に俺は惚れていた。見た目とかじゃなくて、名前さんの人柄とか、一生懸命さとか。そういうところにビビッと来たんだから、誰になんて言われようと彼女に近付くことをやめなかった。

あ、ちなみに、ぽっちゃりでも名前さんは十分可愛いから、もちろん見た目も好きだった。とにかく、こんなに人を好きになったのは初めてだ。


「名前さん、ジムの後って用事ある?」
「用事?うーん……特に無い、けど」
「じゃあ俺18時に終わるから飯行きましょう。だめ?」
「えっ……」


少し話してるうちに、名前さんは最近仕事が立て込んでてあまり食事が出来ていなかったというのを知り、すぐに食事に誘った。自分から女の子を食事に誘うなんて普段はあまりしないのに。
俺が彼女の不調を指摘すると「分かる、の?」と不思議な顔をされる。ずっとあなたを見てるんだからそれ位分かるよ、とはまだ言えないので「なんとなくね」と笑っておいた。俺の誘いに乗っていいものかと悩んでしまった名前さんには悪いけど、こんな状態の名前さんを放っておくことなんて出来ないから「決まり。駅の前で待ち合わせね」と強引に約束を取り付けた。

正直に言うと、彼女への心配はあるけれど、ジム以外でも会いたいという俺の下心の割合もかなりあった。






「よっと」
「……、ん……」


すっかり酒が回り寝てしまった名前さんを横抱きにしてタクシーを降りた。

「兄ちゃん、送り狼になるなよー」と気さくな運転手に釘を刺されて「余計なお世話っす」と笑い返したものの、確かにこれは無防備すぎるよなあ、と静かに寝息を立てる彼女をベッドへ寝かせた。

最近はよく眠れていなかったというし、無理やり食事に連れ出したのは俺だし、いま無防備なのも俺の前だからまあいいかと一つ溜息をつく。


「……かわいい部屋だな」


あまり良くないとは思いつつも、好きな女の部屋とあっては気になってしまうもの。

物は多いけどそれなりに整理されていて、すごく好感が持てた。別にこれで散らかっていたからといって幻滅などしないが。
今更ながら、勝手に家に入ったことを少し申し訳なく思えて来たけれど、後悔はしていない。

部屋から名前さんに視線を戻して、その寝顔を眺める。どの人とも分け隔てなく接して、年上なのにそうは思わせない謙虚さというか、可愛い所がある。そんな彼女を甘やかしたいと思うし、今日みたいに食べている姿を見るとそれだけで癒された。


「気持ち良さそうに、寝てる」


穏やかな寝顔にそっと手を伸ばした。その柔らかな頬を指でなぞって、パッと離す。眠ってる相手に何やってんだ俺。

手を出したくなる前に帰ろうと思い、名前さんの肩まで布団をかけ直す。

その時なんとなく、太ったと気にしていた彼女の腕を触ってセクハラと言われたことを思い出して、苦笑いをした。今日の横抱きとかはセーフだろうか。
ちらっと横目にメモ帳があるのを発見した俺は、今日の出来事の言い訳をするように、一番上の紙に文字を走らせた


「……クク、名前さん、起きたら焦るだろうな」


『昨日は楽しかった。抱えて運んだけどセクハラにならないよね?鍵はポストに入れておきます』


サイドテーブルにメモとペンを残して、今度こそ帰ろうと立ち上がった。


「……り、がと……仙道くん……」


背を向けた俺の耳に聞こえたのは、名前さんの口から出た自分の名だった。これが嬉しくないわけ無くて、せっかく我慢してたのにどうしてくれるんだと振り返った俺は、もう一回その寝顔を見下ろしてから「……ほんと、無防備だよな」と呟いて、おでこにキスをした。

これは完全にアウトだと自覚しつつも、煽った名前さんが悪いんだと全部彼女のせいにして逃げるように部屋から出た。


「ハァ……」


鍵をしっかりと締めてそのままそれをポストに入れた。

ドアに背を預けて、片手を首の後ろにやる。早く堂々と触れたい、なんて俺が考えてることを、熟睡していた名前さんが知ることはない。


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