落花流水の情
( 29/32 )
カーテンの隙間から差す朝日が眩しくて、深い眠りからゆっくりと目が覚めた。
「ん……、せま……い」
まず感じたのは、とてつもない窮屈感と少しの暑さだった。
そのうちだんだん意識がハッキリとしてくると、ここが私の家のベッドの中で、さらに仙道くんにピッタリと包まれていることに気が付いた。本当に隙間もないほどギュウギュウに抱き締められていて、あまり身動きが出来ない。
「仙道、くん……くるし」
なんとか顔を上げて、大きく息を吸う。そうして昨日の記憶を順に思い浮かべた。
えっと、昨日は飲みに行って。たまたま元彼に会って……ちょっと揉めて。それからタクシーに乗って仙道くんに運んでもらって、それで……
「っ、そうだ……」
ぼん、と頭から煙が出ているんじゃないかというほど一気に火照る顔。記憶違いなんかじゃない。確かに昨夜、仙道くんに想いを伝えて、そして同じ気持ちを貰ったんだ。嬉しくて口元がどうしてもにやける。
しばらく抱きしめて合ってからその後の記憶がないけれど、昨日のワンピースを着たままだから、何かがあった訳じゃなさそうだと、とりあえずひと安心する。きっと疲れて寝ちゃった私に付き合って隣にいてくれたんだな、と一人で納得した。
「……なーに笑ってるの」
「あ……起きてたんだ」
「名前さんの声で起きた」
本当にすぐ目の前に仙道くんの顔がある。すぐにでもキスできそうな距離だ。寝起きだから私の顔なんて酷いものだろうけど……こればっかりは仕方ないと自分に言い聞かせる。
「えっと、シャワーしに……行こうかな」
あまりの至近距離に照れた私は、じっと見つめられるのに耐えられなくてそう切り出した。起き上がろうとベッドに手を付くと、それを拒むように仙道くんは私を抱きしめ直す。
「っ……」
「……もうちょっとこうさせてよ」
「で、でも!」
恥ずかしいからと言いかけた私の頭に、仙道くんの口付けが降ってきた。途端に大人しくなる私の体。
「昨日は名前さん寝ちゃって何も出来なかったんだぜ」
「う……っ」
「おかげで、なかなか寝れなかった」
「……ごめんなさい」
全部事実だから何も言い返すことなんて出来ない。私が素直に謝ると、頭の上からクスクスと笑い声が聞こえた。この距離だと、仙道くんの喉の動きでさえ鮮明に伝わってくる。
「……俺、こんなに幸せだって思ったことない」
そのストレートな言葉で、私の心臓は簡単に鼓動を速めた。けれど、抱きしめられて触れた彼の胸からは、私と同じくらい、いやそれ以上に速い鼓動が聞こえる。今まで何度も、本当にこの子は年下なのかと思うことがあった。でもこうして触れてみると、彼もドキドキしてくれてるんだとか、ちょっと緊張してるのかなとか、そういう事が分かってくる。
「……恋人だよね」
「うん……照れちゃう、けど」
気がつくといえば、仙道くんは私に対して敬語を使わなくなっていた。そんな小さな変化でも、私と彼の関係が変わったことを表しているようで嬉しかった。
「俺、いまかなり舞い上がってる」
「そんなの、私の方が」
「いーや。絶対俺の方が舞い上がってるよ」
なぜか自信ありげに言い張る仙道くん。「どうして?」と聞いてみると、少し間をあけてから「一目惚れだったから」という答えが返ってきた。
「……え?一番太ってたときの私に?!」
驚きでバッと顔を上げる。そこにはふわりと微笑む仙道くんの整った顔があった。
「見た目がどうこうじゃなくてさ、とにかくビビッと来たもんは説明しようがない。タイミングなんて分かんないもんだよ……人を好きになるときって。本能的にとしか言えない。それに、名前さんを好きになったこと、間違ってなかった」
よくもまあスラスラとそんなことを言えるなぁと、逃げ出したいくらいの恥ずかしさが込み上げてくる。本当に私のことを想っているのが伝わる。
なんだか悔しくて、熱い顔のまま精一杯ポーカーフェイスを作った。
「……今日はよく喋るんだね」
「言ったろ、舞い上がってるって」
私の強がりなんてすぐに崩されてしまう。
あっという間にお互いの体勢が変わって、私の視界にはニコッと笑う仙道くんと見慣れた天井が映った。
次にされるであろう行動を察して、自然と目を閉じる。喜びと期待とで、どうしようもなく心が躍った。
fin.
16/12/07〜17/09/02