ピー・エヌ | ナノ
据え膳食わぬは男の恥
( 28/32 )


「…………」
「…………」


ぼうっとした意識のまま、お互いに何を話すでもなくタクシーに揺られていた。気を遣ってくれたのか、運転手のおじさんが私たちに話しかけるようなこともない。でもべつに、嫌な沈黙という訳ではなかった。


さっきの光景を、うつらうつらしながら思い出す。

電話で呼んだタクシーが着いたのを確認すると、最後に、目を丸くした元彼を一瞥して私の手を取った仙道くん。強引なようでいてその優しい力強さに引っぱられて、あっという間に車へ詰め込まれた。すぐに隣に乗り込んだ仙道くんは、さっきまでの怒った声音じゃなくて、もういつものおっとりした雰囲気を取り戻していた。

行き先を告げると、私に目を合わせてニッコリと微笑む。「さ、帰ろうか」とそれだけ言ってあとは窓の方へ顔を向けてしまった。けれど二人の間の手は握られたままで。その心地よい温度と車の揺れ、そして体をめぐるアルコールのせいで、間も無く私は意識を手放した。






次に意識が戻ったとき、ちょうどガチャリと玄関の鍵が開かれた音がした。見慣れた私のアパートの玄関だ。自分が横抱きにされていて、靴を脱がされたのをなんとなく理解する。


「起きちゃった?部屋、勝手に入っちゃってゴメンね」
「ん……」


仙道くんは私を抱いたまま、荷物を床に置いてベッドまで進んだ。掛け布団をよけてそっと労わるように降ろされる。「水、飲んだ方がいいな」と冷蔵庫の方へ向かい、中からペットボトルの水を持ってきて私に差し出した仙道くん。


「起きられる?」
「……うん」
「はい、ゆっくり飲んで……」


手渡された水をごくん、と喉に通す。くらくらとする視界の中で、仙道くんがジッと私のことを凝視するのが見えた。恥ずかしさで、さっと視線をそらす。自分の足元に目をやると、ワンピースの裾が膝上まで上がっていたので慌てて伸ばした。まだ火照っている体とは裏腹に、頭の片隅では冷静に今の状態について考えていた。

仙道くんにこうして家まで送ってもらうのは、二度目だった。けれど、前とは一つだけ大きく違うことがある。

……私が、彼のことを好きだということだ。


「仙道くん……あり、がとう」
「気にしないで。俺が送りたかっただけだから」
「それと……」


軽く俯いて言い淀んだ私に視線を合わせようと、仙道くんはベッドの傍らに片膝を立てて座った。すぐ下から顔を覗きこまれて、がっちりと目が合わさる。「ん?」と私が何か言うのを待っている仙道くんの表情はとても穏やかで、私の心臓が緩やかに鼓動をはやくした。


「さっきの……元彼と揉めさせて、ごめん、ね。あんな風になる、なんて」
「名前さんが謝る必要なんてナイでしょ。それに、俺は言いたい事を言っただけだ。むしろスッキリしたよ」
「……言いたい、こと」
「うん。全部俺の本音」
「…………」


仙道くんは、私のことを馬鹿にしてきたあの人に、たくさん言い返してくれた。私のことを良い女とか、努力してたとか、……あとは。


「仙道くん……俺のって、言った?」
「言ったね」
「あれってどういう……」
「俺の大事な人ってこと。他の誰でもなく、俺が名前さんを大事にしたい」
「その……私を、想って、くれてる……?」
「そう。想ってるよ」


真っ直ぐな目を見て、かあ、と顔が熱くなった。いま、きっと真っ赤になってる。部屋の中は暗いけど、この至近距離じゃ絶対に気付かれてる。

私が仙道くんを好きなように、彼も私を想ってくれていた。それを知ってしまったら、まだ控えめだった鼓動が今までにないくらい激しく脈打ちだして、気持ちが高ぶって、目尻が熱くなった。


「……泣かせたく、ないんだけどな」
「ごめ……」
「俺の気持ち、迷惑かな」
「……っ、違う」


小さく首を横に振って否定した。仙道くんはそれを見てくつくつと笑い、私の目から溢れた涙を親指で優しく掬った。


「俺、期待してもいい?」
「絶対……手放さないって」
「うん。いつも笑顔でよく食べる名前さんが好きだから。一緒にいたい。手に入れたら、絶対に手放さないよ」


伸びた彼の両手が私の頬を撫でて、それから頭を包んだ。


「……嬉しい」


私の返事を聞いて、さらにギュッと肩を抱かれる。膝立ちをした仙道くんに強く抱きしめられていた。

そうしてしばらくお互いの体温を共有するように目を閉じていたけれど、ふいにその温もりが離れていった。


「……ぁ、……」
「……名前さん、そろそろ手離してくれないと」


我慢できなくなりそうだ、と困ったように笑った仙道くん。少し垂れた眉と、眉間に寄るしわ。初めて見る彼の表情に胸がきゅん、と苦しくなった。

立ち上がろうとした仙道くんのシャツをグッと掴む。離れるのは嫌だ。そばにいてほしい。


「……帰ってほしく、ない」
「……ほんと可愛い」
「仙道くんが、好きなの」
「俺だって」


こんなにも素直に気持ちを伝えられるのは、酔っ払っているからだ。

恥ずかしさももどかしさも、全部全部をお酒のせいにして、私は仙道くんの肩に顔を押しつけた。


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