ピー・エヌ | ナノ
魚心あれば水心
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ピピッ


「……あはははは」


なんだ、この恐ろしい乗り物は。乗せていた二本の足が震える。
○9.8キロ……本気で笑えない。毎日記録することにした体重は、当然といえばそれまでだけど、ほんの数日の努力では少しも変わりはしなかった。

急にダイエットを始めた私に周囲の反応は様々だった。何かあったのかと心配してくれる同期に、ただ静観するだけの先輩。応援してくれる掃除のおばさんや、面白がるクソ上司。
それら全てに笑って返し、私は今日も小さなお弁当を早々に食べ終えた。





「はっ……はっ、ふ、は……ぜーはー、ゲホゲホゲホ!おえっ」


このまったく色気のない声はもちろん私のものだ。仕事終わりに真っ直ぐジムに来て、これでもかとランニングマシンで走っていた。
おかげで見るも無惨な姿で息を整えることになったけれど、こんな事でバテてなどいられないのだ。今はとにかく、この甘ったれた体を動かさないと。


「よし、もう30分……走るぞ」


私の気合はかなりのもので、同じく隣で走っているおじさんは驚いた顔をしていた。なにせ、休憩を挟みつつも、私がこのランニングマシンで走るのはこれで三本目だから。正直、自分でも吃驚だった。


「頑張ってますね」


マシンのボタンを押そうとしたところで掛かった声。背後からのそれに振り返ると、何故かニコニコと微笑むイケメンがいた。


「えっと……あの?」
「あ、いきなりすいません。なんか、鬼気迫る感じで凄いなと思って……」
「……」


平均よりも遥かに高い身長に、すらりと伸びる手足。ジャージの上からでも、しっかりとした筋肉が伺える。それに加え私に笑いかけてくる整った顔立ち。こんな男前、そんじょそこらにはいない。
かなり眼福ではあるけど……今の私にはこんな出会いは必要無いんですよね!


「俺、ここのスタッフです。分からない事とかあったら声かけてくださいね」


首にかけられたスタッフ証には"仙道"という名前。見たところ大学生くらい、かな?


「それじゃあ……よろしくお願いします仙道さん」
「もちろん、名字さん」
「え……?」


まだ名乗っていないのに名前を呼ばれてあれ?と首を傾げる。それに気付いた仙道さんが頬を掻きながら、「新しく入会してくれたお客さんの名前くらい把握してますよ」と言った。まあ、そりゃそうかと納得して「なるほど」と頷いた。

……しっかし、親切なのはいいけどこんなイケメンの前でなりふり構わず走るなんて出来ないんですけど。お願いだからそんな爽やかな笑顔で私を見ないで下さい。いやほんと、入会するジム間違えたかも。

あー……やりにくい!!




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