ピー・エヌ | ナノ
遠きは花の香
( 27/32 )


「いいから飲もうよ」と元彼の話を強引に終わらせた私は、通りかかった店員さんにお酒の追加を注文した。さっきの出来事を頭の中から消すためにお酒を飲むペースを上げる。


「名前さん、あんまり飲みすぎると……」
「平気、だから!もうちょっと飲ませて!」
「……まあ、いいっすけど……」


仙道くんの制止も聞かず、私はそれからも気の済むまでグラスを傾けた。そうしてしばらくすると、ある時を境に一気に頭がくらくらして、視界もぐにゃぐにゃと歪み始める。


ああ、飲みすぎだ……


目の前にいるはずの仙道くんの姿もぼやけて分からなくなってきた。もともとそんなにお酒に強くない体質だったから、こうなることは予想出来ていた筈なのに。分かってても飲んでしまったのは……ヤケになってしまうのは……やっぱり元彼のことが、心のどこかで吹っ切れていないからなのかな。

アルコールで熱く火照った体に対して、私の胸の中は冷たくてドロドロしたものが何重にも渦巻いていた。






「タクシー呼びますから、ここに座っててください」
「……はぁい……」
「じっとしててね」


すっかり酔いが回ってしまった私を見て、仙道くんはもう帰ろうと席を立った。そして足下がおぼつかない私をしっかりと支えながら、店のすぐ外にあるベンチに座らせてくれた。

仙道くんはいつの間にかお会計を済ませてくれて、今はタクシーを呼びに店の電話を借りているところで。年下なのになんてスマートなんだと、感心するやら申し訳ないやらで私は軽く項垂れる。ベンチの背もたれに体を預けて、はぁ、と熱い溜め息を漏らした。



「オネーサン大丈夫ー?」
「……?」


夜風が気持ちよくて目を閉じていると、すぐ近くで誰かの声がした。ぼんやりとした意識のままそちらを見ると、知らない顔の男の人が数人。


「あ……そいつ、俺の知り合いだから」
「なになに、友達?可愛いじゃん」
「いいから先行っとけって。俺、ちょっとそいつと話してくから」
「なんだよ紹介しろよー」
「仲良くなりてー!」

「うるせーよ、お前ら早く行け!」


その中にいた元彼の姿に、ザワザワとまた胸が騒ぎ出した。聞きたくない声、すごく嫌な気持ちになる。

連れの人たちは、最後まで私の方に手を振りながら不満げに元彼を睨んでいた。そのまま、角を曲がって姿は見えなくなる。


「もしかして俺を待ってたとか?」
「…………う、るさい」


二人きりになると、断りもなくベンチの隣に座ってきた。その近さが嫌で、すぐに距離をとる。私の赤くなった頬や首元、酔ったせいで潤んだ目元をジロジロと見下ろし、ゴクリと喉を鳴らした元彼。その不躾な視線のせいでどこまでも居心地は悪かった。

早く戻ってきて、と店の入り口に目を向けて仙道くんの姿を探す。なにやら隣から色々と話しかけられているみたいだけど、その殆どを聞き流していた。


「お前が……どうしてもって言うなら、また付き合ってやってもいいけど?」


聞いてんのか、と投げ出していた腕を強く掴まれて、意識を元彼に向けさせられた。急に何を言い出すのか、彼の言葉を理解するには私の脳はアルコールが回り過ぎていた。


「…………付き、合う?」
「ちょうど女と別れたんだよ。今のお前なら……まあ許容範囲だしな」


碌に働かない頭で聞こえた内容を整理する。つまり、だ。太ったのが嫌で振ったけれど、多少痩せて見れるようになったから、ついでに今は自分がフリーだから、私の出方によっては付き合ってやってもいいと。そんな風に上から目線で言われてるんだと理解した。理解したと同時に、お腹の底から怒りがわく。冗談はやめてほしい。


「あんたのために……痩せたわけじゃ、ない」
「強がらなくていいっつの。ま、場所もあれだしお前の家まで送ってやるよ。どうせ男なんていないんだろ」


どうして私はこの人と付き合ってたんだろう。


決めつけた言葉。外見が変わっただけで態度を変える男。気持ち悪い。悔しくて、泣きたくないのに涙が滲む。



「……その手、離してくれません?」


元彼に掴まれていた腕が、パッと離れていった。


「なんだよ、お前」


私を庇うように間に入った仙道くんは、スッと目を細めて元彼を見下ろしていた。声もなんだか低くて、私には怒っているように聞こえた。


「まさか、お前、こいつの男じゃねえよな?」
「……だったら何なんすか」
「はぁ?マジで?……こいつのどこがいいわけ?」


その顔だったらもっと他に女いるだろ、と仙道くんの迫力に負けじと睨み返す元彼。店の入り口近くで言い合う私たちを、通りすがりの人がチラチラと気にしていた。酔っているとはいえ、この状況が褒められるものじゃないことは私にも分かる。

仙道くんの服をつい、と掴んで「もう行こう?」と見上げた。けれど仙道くんが私を見ることはなくて、その代わりしっかりと肩を抱かれる。


「あんたこそ感謝しなよ。こんな良い女と付き合えてたんだから。まあ……もう一生無理だと思うけど」
「……良い女ァ?お前、ついこの間までのこいつの体型知ってんのかよ!」
「知ってますよ、全部。どれだけ努力して今があるのかも。言っとくけど、もうあんたが知ってた頃の名前さんじゃないんだ」
「……っ、」


唖然となる元彼と真面目な顔の仙道くんを前に、私が口を挟む隙間なんて無かった。それどころか仙道くんの言葉に胸がきゅう、となって元から熱かった顔が更に火照ってくる。熱さとアルコールのせいで、息をするのも苦しかった。でもそれ以上に、彼の言葉が嬉しかった。


「俺のなんで、二度と手出さないでください。あんたと違って……絶対に手放したりしませんから」


とどめの一言は確かに元彼に向けられたものなのに。まるで告白されているようなそれに、私の心臓はこれでもかと高鳴って仕方がなかった。


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