ピー・エヌ | ナノ
仏の顔も三度まで
( 26/32 )


この前から私はちょっと張り切りすぎな気がする。

今日は前の、デ、デートの時に仙道くんから誘われてご飯の約束をした日だった。午後からジムで汗を流してシャワーを浴びて、彼の仕事が終わる時間まではまだ余裕があったから、一度家に帰ってちょっとだけオシャレをした。


「変……じゃない、よね」


部屋にある全身鏡の前でクルッと回転してみる。ダイエットを頑張ったおかげで前よりも着られる服が増えていた。鏡に映る膝丈のワンピースは、ようやく着られるようになったもの。シルエットと綺麗なネイビーが気に入っていた。




ジムの最寄り駅で待ち合わせしていたから、仙道くんが仕事を終える時間の少し前に着くように家を出た。

ドキドキ、ソワソワ。仙道くんまだかな。何度も腕時計を見ながら彼の姿を探す。落ちつけ名前、と自分自身に言い聞かせてしばらく待っていれば、後ろからポン、と肩に手が置かれた。


「あ、仙道くん!おつかれさまっ」
「うん。結構待たせちゃったかな、ゴメンネ」
「そんなことないよ」


気を遣わせないように、ニコッと微笑みを返した私。仙道くんは私の顔を見て同じように笑ったけれど、そのうち首の後ろに手をやると、私に向けていた視線を逸らして「あー……」と何か言いよどんだ。そして意を決したように私を見る。


「今日はまた……一段と可愛い」
「え、っ……!?」
「なんかすげー、照れる」


ほんのり赤くなった仙道くんに対して、私はさらに上をいくほど顔を真っ赤にして俯いた。彼のストレートな賛美に私の方が何倍も照れてしまい、年上のくせに余裕のカケラも無かった。でもだって、仙道くんにこんな風に言われてしまったらどんな女の子も落ちるでしょ?メロメロでしょ?私だけじゃないでしょ?

君はホント、天然女たらしだね!とはとても口に出来ないので、心の中で叫ぶだけにしておく。


「それじゃ、いこーか」


すでに容量オーバーしている私の背にそっと手を添えた仙道くんは、私をエスコートするようにゆっくりと歩き出した。




「本当に居酒屋で良かったの?」
「うん。創作料理の居酒屋なんてはじめてだし」
「……そっか。まあ、俺は名前さんといられるならどこの店でもいいけど」
「……またそんなこと言う」
「素直なだけです」


静かなレストランは照れくさいからと適当に入った創作居酒屋は程よい喧騒があって、仙道くんと二人きりのこの状況でもそんなに緊張することは無かった。

運ばれてきたお酒や創作料理を楽しみながら会話を弾ませている私たちは、はたから見れば恋人同士に見えるだろうか。


「はい、名前さん」


仙道くんは自分が食べたものが美味しかったら、名前さんこれもあれもと当然のように私に料理を勧めた。いつもよりずっと愉快そうに笑いながら、腕を伸ばして私に食べさせようとする彼の笑みに、私はただ口を開けて受け入れるしかなかった。


「……自分で食べられるのに」
「もしかして恥ずかしい?」
「そりゃあ、……」
「照れてるのもいいっすね」
「もう!」
「ハハ」


はいもうひとくち、と向かいの席から私の口に料理を運ぶのをやめようとしない仙道くん。今日は特にイジワルだ、と思いながら口の中の料理をよく噛んで味わった。料理は本当に美味しいから、それは素直に飲み込む。


「名前さんが食べてるところ見るの、楽しい」
「…………」


仙道くんも食べてはいたけれどどちらかというとお酒の方が好きなようで、わりと早いペースでグラスを空けていた。だからもしかしたら顔には出てないけど結構酔ってるのかな、とこの前のサエちゃんの姿を彼に重ねた。



それなりにお腹が満たされて気持ちいい程度にお酒がまわった頃、仙道くんに断ってトイレに立った。そこで軽くお化粧を直して身なりを整えてから出ると、予想もしない人物とバッタリ出くわしてしまった。


「お前……名前か?」
「……そう、だけど」
「……へえ?」


席に戻る途中の壁に囲まれた通路の真ん中で私の姿をなぞるように見下ろしているのは、私をこっぴどく振った元彼だった。未練なんてまったくないというのに、その姿を前にすると何故か心臓が激しく脈打ち、一瞬で酔いが醒める。


「少しはマシになったみてーだな。俺のおかげ?」
「……は、」
「感謝してほしいよ」


ニヤニヤと腕を組んで偉そうにするその男に呆れて何も言えない私。

はっと我に返り、こんなところで話をしても無駄だと考えて目の前の元彼を無視して席に戻った。引き止めるような声が背中に聞こえたけれど、絶対に振り返りはしなかった。


「……どうした?」


席に戻った私の眉間にしわがあるのを見つけて、声をかけてくれる仙道くん。彼の顔を見てほっと肩の力を抜いた私は、あえて詳しくは説明せずに「ちょっと苦手な人と会っちゃった」と答えた。


「だったらここ、出ようか?」
「ううん。もう少し飲みたい。それにすぐお店を出たらアイツに負けてるみたいだから、嫌」
「……アイツって?」


一拍置いて、怪訝そうに聞き返される。余計なこと言っちゃったなと思いつつも、答えを聞くまで逃さないとでも言うような仙道くんの様子に、しぶしぶ口を開いた。


「……前に言ってた、元彼」


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