ピー・エヌ | ナノ
鉄は熱いうちに打て
( 25/32 )


「え、仙道くん、もう就職決まったの!?」
「おかげさまでね」
「すごーい……」


内定が決まったと仙道くんから聞いたのが一昨日のこと。あれ、キミつい最近就活始まったんじゃなかった?と首をかしげた私の気持ちが顔に出ていたのか、「縁ってやつかな」と頬をかいた仙道くん。

そして今、私はなぜか彼の買い物に付き合うために都内の大型ショッピングモールに来ていた。


「流石に日曜は混んでるよね……」


ザワザワとした人混みの中でぼそりと呟く。仙道くんは今、スポーツ用品店であまり時間をかけずに選んだバッシュを持ってレジに向かっていた。

少し待っててくださいと言われた私はすぐ隣にある洋服店を見ながら、「あ、これ仙道くんに良いかも」とひとつのTシャツを手に取った。


『日曜日、予定ってありますか?』


と、仙道くんに聞かれて訳も分からないまま頷き、あれよと言う間に今日になっていて。これはいわゆるデートなのかな……とか考えたら、前日からソワソワ楽しみにして眠れなかった。まあ、仙道くんにそんな気があるのかは知らないけれど。ホント、どういうつもりなんだろう。


「お待たせ、名前さん」


少し大きめの紙袋を手に戻ってきた仙道くんは、申し訳なさそうに「退屈だったでしょ」と謝った。それに軽く首を振りながら、ここじゃなんだからと店内をゆっくり歩き出す。すれ違う人にぶつからないように気を付けていると、パシッと片手が掴まれ、驚いて顔をあげた。


「えっと……」
「人が多いからさ、はぐれないように」
「……っ、」
「どこかで休憩でもしようか」


私の手を握ったままキョロキョロと辺りを見渡して休める場所を探す仙道くん。彼くらい身長があれば、何かを探すのも簡単そうだなぁ、と改めて感心する。

けれど、そんな事よりも、今の私は繋がれた手が気になって仕方が無かった。こんなことされたら期待してしまう。手から辿って彼の横顔を見上げていると、仙道くんは私の視線に気が付いて、それからニッと笑顔を返した。ああ反則だ。胸のあたりがキュンってなった。やっぱり期待しても、いいかな。

緊張と一緒に、繋いでる手が汗で濡れてしまわないかと心配しながら、私はただ彼について歩いた。



「あ、この映画もう始まってるんだ……」


途中、大きな看板に目を止めた私。それに気付いた仙道くんも立ち止まり、私の直ぐ横にピタリと立った。
映画の内容はざっくり言うと洋画のアクションもので。そこにほんのちょっと恋愛要素が加わった、最近話題のものだった。


「へえ、こういうの俺も好きだよ。観ようか?」
「いいの?でも時間が……」
「時間ならほら、ちょうどもうすぐ始まるやつがあるみたいだし」


せっかくだから、ね?と迷いなく映画館に足を向けた仙道くんのその意外な強引さに、ちょっとだけ驚く。……なんだか本格的にデートみたいだよね?

ドキドキと忙しい心臓のせいで、仙道くんと並んで観た映画の内容がイマイチ頭の中に入ってこなかった。







前評判どおりの見応えにご満悦の仙道くんに、私はただヘラヘラと笑うしかなかった。楽しみな映画だったし、ちゃんと観てたつもりだけど、それでもやっぱり緊張して覚えてない部分が多かった。まるで付き合いたての中学生みたいな自分のメンタルには、ちょっと呆れた。


映画を観終わって、これからバイトの仙道くんとは駅でお別れ。


「家まで送れなくて、すいません」
「そんなの気にしないで?」
「……でも、せっかくのデートだったから」


眉を下げて、困ったような顔でそう言った仙道くんに私は嫌でも反応する。


デートって、思ってくれてたんだ……


「あ、あのね、これ……大したものじゃないんだけど」
「え?」
「待ってる間に見ててさ、仙道くんにどうかなって」


お祝いのつもりで渡したTシャツ。就職祝いにしては大したものじゃないけれど。


「すげー嬉しい。ありがとう、大事にする」
「バイト、頑張ってね。私、また来週行くつもりだよ」
「……じゃあその日は、飯行きませんか」


私が渡したプレゼントの紙袋を右手にしっかり持って、本当に嬉しそうに笑う仙道くん。こんなに喜んでもらえて、こちらとしても気分が良かった。


「うん……楽しみにしてる」
「へへ。それじゃあ」


仙道くんは手を振って、改札を通る私を見送ってくれた。

最後にもう一度振り返ると、他の人より頭2つ分くらい背の高い彼が、私の方を見たまま笑みを浮かべていて。そのなんとも言えない眼差しに頬が火照ってどうしようもなかった。


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