寝ても覚めても
( 24/32 )
「はぁ……」
「なんかあった?」
お昼休憩の時間、同期の数名と一緒にお弁当を食べていた。会社の近くに出来た食べ放題のお店の話をするみんなの傍らで、無意識のうちに溢れた溜め息。それを一人の子が気にして、私の顔を覗き込んでいた。
「話、聞くけど?」
全員に聞いてほしい訳じゃなかったし、今はまだお店の話で盛り上がっているようだったから、私とその同期の友人とで先にお弁当を片付けた。半分ほど残っていた私のご飯やおかずを見て、友人は心配そうな顔をしていた。
「……あの、さ……」
人気のない屋上で、ここ最近ずっと気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「男の子が……名前呼びで親しげな美女と二人でカフェに入るのは……やっぱり付き合ってるから、だと思う?」
私の質問に友人は目を丸くして、そうね……と少し考える素振りをした。
「まあ、かぎりなく黒よりではあるけど……手繋いでた?」
「……繋いでるところは見てないかな」
「じゃあただのトモダチか、あるいは、元カノとかね」
「う……」
「それ、前に言ってた気になってる人のことだよね?」
こくん、と頷くと、友人はニコニコ笑顔で私の肩に手を置いた。私が前の彼氏と別れてからというもの、急に痩せたり、無理して元気に振舞っているように見えて心配してたのだと教えてくれた。だから、私に好きな人が出来て新しい恋に頑張ってるのが嬉しいと。
「なんだかお母さんみたいだね」と冗談を言ったら、呆れた顔の友人にデコピンをされてしまった。その冗談が私の照れ隠しだと分かってるから、額に痛みは無かった。
「なんにせよ、こういうのは本人に聞かなきゃ分かんないね」
「それが出来ないの!」
「もうっ!強気じゃなくてどーすんの」
「……ほ、他の人に告白されて……食事ぐらいいいんじゃないって言われたんだよ……」
「……それでも、好きだったら行動あるのみでしょ」
弱音を吐く私に友人はあくまで行動するようにと念を押した。その恋愛への前向きさを少し分けてもらいたいよ、と彼女に尊敬の眼差しを送ったところで、午後の仕事のために並んで屋上を後にした。
仕事帰り、考えがまとまらないままだったけど、とりあえずジムに来た。今は何をしてても仙道くんの事を考えてしまって、正直しんどかった。彼と一緒にいた女の子のことが気になって気になって仕方ない。でももし彼女だなんて言われてしまったら、しばらく立ち直れない気がする。
「名前ちゃん!……名前ちゃーん?」
「はっ……!う、上野さん!」
「やあ。なんだかまた浮かない顔してるねえ」
とっくに動きを止めていたエアロバイクに座ったままの私を、上野さんが不思議そうに見ていた。少し前まで、サエちゃんがここを辞めて寂しそうな上野さんだったけれど、今はそんなことはなさそうだ。
相変わらず年齢に似合わない爽やかさのあるおじさまで、上野さんの笑顔を見ていたらなんとなく肩の力がいい感じで抜けていた。
「……えへへ、悩んでたんですけど……上野さんに会ったら元気が出てきました」
「おや、それは嬉しいね〜」
「ありがとうございます!」
「ん〜よく分からないけど……どういたしまして?」
こてん、と首をかしげる姿がやっぱり可愛くて、おじさんにしとくの勿体ないなぁ、なんて少し失礼なことを考える。
今日はもう帰るという上野さんに手を振って見送ると、入れ替わるように仙道くんが私の元へやってきた。その姿を視界にとらえた途端、異常に脈がはやくなる。ああもう、せっかく上野さんのおかげでリラックスしたのに。
「名前さん、来てたんだね」
「うん……」
「あれ、もしかしてもう帰るとこ?」
仙道くんの問いかけにブンブンと首を振って答えた。ふぅ、と小さく息を吐き出して心臓を落ち着かせる。
聞くなら今だよね……!
色んな人に相談に乗ってもらったし、なにより山川さんを見習わなくちゃ。そんな気持ちで、思い切って、仙道くんにあの日のことを尋ねてみた。
「……えっ、名前さん近くにいたの?」
「うん、ぐ、偶然ね」
「声かけてくれたらよかったのに……」
何でもない風に言った仙道くんを前に「え、でも、連れの人がいたから」となぜか私の方が慌ててしまった。声をかけても良かったというのはつまり、どういうことだ?
「一緒にいた子ね、部活のマネージャーなんだ。ちょっと相談に乗っててさ。あ……言っとくけど、彼女とはなにも無いからね?ただの後輩だよ、部活の後輩」
「そう……なんだ……」
そっか、相談に乗ってただけ。デートじゃ無かったんだ。
彼の口から聞こえた説明を何度も頭の中で反芻して、私の想像が間違いだったことをやっと理解した。理解したら急に自分が恥ずかしくなってきた。勝手に勘違いして馬鹿みたいだ。
「あぶねー。誤解されたままになるとこだった」
「……え?」
「……なんでもないよ、こっちの話。それより……俺も、聞きたいんだけど」
すっかり安心していた私は仙道くんの呟きを聞き逃した。すぐに聞き返したけれど、仙道くんは答えてくれなかった。かわりに、今度は彼が私に尋ねた。
「山川さんとはどうだったの」
さっきまで普通だった仙道くんの声音が、心なしか低く、真面目なものになった。表情も、笑ってはいるものの少し目が怖い。……気のせい?
「……どうもない、よ……一緒に食事しただけ」
「告白は?」
「……断った」
「……そう」
「へえ」とか「ふーん」とか、首のうしろに手をやりながら一人納得した様子の仙道くん。視線こそ合わないものの、そのどこか機嫌の良さそうな雰囲気に私はまったく納得いかない。
「行けって言ったのは、仙道くんのクセに」
けれど、そのあと目が合った彼の微笑みがとても無邪気で、怒る気なんてあっという間に消えてしまった。