ピー・エヌ | ナノ
立つ鳥あとを濁さず
( 23/32 )


「……え?」
「…………」


名字さんが好きなんです、と聞こえたけれど、うまく理解出来なくて何度も瞬きをした。隣にいた仙道くんの表情からも、笑顔が消えていて、でも山川さんはニコニコしていて……本当に何なんだろう、この状況。

……山川さんがとても親切な人で、私に好意を持ってくれているのはなんとなく知ってたけれど。前に話したとき、期待を持たせないように一線を引いたつもりでいたから、驚きが隠せない。


「その、えっと……どうして、」


こんなところで……わざわざ仙道くんの前で告白を?と、聞きたくてもうまく言葉に出来なかった。山川さんと仙道くんを交互に見ながら焦る私。それを見て、山川さんは続けた。


「実は……仕事の都合で引っ越すことになって、もうすぐここをやめるんです。でも、名字さんを諦められない気持ちがあるから……」


チャンスをもらえませんか、と綺麗に笑った山川さん。あまりにストレートな申し出に返事が出来ないでいた私は、助けを求めて仙道くんを見た。


「名前さんモテモテっすね。食事ぐらいならいいんじゃないですか?」
「……っ」


縋るようにして向けた私の目には、いつも通りのマイペースな微笑みを浮かべた仙道くんが映る。なんて事無いとでも言うような彼の態度に、私はなんだか突き離された気がした。まるで鈍器で殴られたような衝撃のあと、すぐに先日の喫茶店での出来事が頭を掠めた。

そう、だよね。仙道くんには関係ない事だし。私が誰と食事したって……告白されたって、動揺なんてする筈ないよね。

心のどこかで止めてくれるんじゃないか、なんて期待を持ってたのかもしれない。とんだ自惚れ屋だなぁ、と心の中で自嘲の笑いを浮かべる。


「…………いつに、しましょうか」


気がつくとそんなことを口にしていた。精一杯の笑顔で、仙道くんの方は見ないように。

山川さんは一瞬驚いて、それからぱぁっと顔を明るくした。「嬉しいです」と喜んでくれる山川さんと食事の約束をしている間、仙道くんがどんな表情をしていたのか、それを確認する勇気が私には無かった。






「お待たせ、しました!」
「走らなくても大丈夫ですよ。時間通りだ」


仕事帰りに待ち合わせて向かったのは、最近雑誌とかでもよく見るちょっと高級なレストランだった。正直、こういうところで食事なんてあまり慣れてなくて、ソワソワと落ち着かない。

私の様子に気付いた山川さんは「そんなに緊張しなくてもいいのに」と小さく笑った。 食事をしながら、今さらだけど年齢とか、どんな仕事してるのかとか、どの辺に住んでたとか色々話すうちに、お酒の力もあって緊張は無くなった。
話してみると山川さんがますます良い人に思えてきて、どうしてこんなに優しくて聡明な殿方が私なんかをと疑問が浮かんでくる。年だって私より少し上のようだし、もっと落ち着いた大人っぽい女性の方が彼には似合う気がする……


「聞いても、いいですか?」


飲んでいたワインをテーブルに置いて、おずおずと山川さんを見た。


「なんでもどうぞ!」
「……私の……その、どこが山川さんに引っかかったんです?」


俯き加減でそう尋ねると、「面白い聞き方しますね」とまた微笑みを返された。今日の山川さんは、ずっと笑顔だ。


「そうですか……?」
「月並みだけど……一生懸命なところかな。それで、笑顔が可愛くて、いつも明るいし……外面を着飾らないところとか」


嘘を言ってるようには見えないし、そもそも嘘を言ったところで彼にメリットがあるとは思えない。本当に私のことを好いてくれてるんだ、と感じて心臓がドキドキしてきた。こんな風に想いを伝えられて、何も感じない訳がない。


「あ、もちろん、見かけが悪いなんてことは一切なくて……むしろ……すごく、俺のタイプというか」
「も、もういいです……」
「少しは伝わってると、嬉しいな」
「…………」


十分、伝わってます。けれど、どれだけ素敵な言葉を貰っても、私の心の中を占めている人は変わらなくて。

ジムのロビーで山川さんに告白された時、仙道くんの突き離すような一言にカッとなってついお誘いを受けてしまった。冷静になってみるとそれは山川さんにとても失礼だったなと凄く反省した。結局、私は彼の気持ちに応えることは出来ないくせに。


「その……」
「やっぱり駄目ですね。名字さんを困らせたいわけじゃないんだ」
「……ごめんなさい。本当は、私、好きな人がいるんです」
「知ってます。見てたら分かるから」


キッパリと言われてしまい、「う……」と言葉に詰まった。


「それでも……気持ちを聞いて貰えて良かった」
「私も、嬉しかったです」
「……そろそろ帰りましょうか」
「はい」
「今日は本当に楽しかった」


山川さんは当然のようにお会計を済ませ、お店の前ですぐにタクシーを捕まえてくれた。遠慮する私の背をやんわりと押して、私の耳に顔を寄せると「ありがとう」と言ってフッと微笑んだ。

最後まで大人な山川さんの姿が見えなくなって、そこで初めて自分の頬に涙が伝っていることに気が付いた。


「……っ」


酷いこと、した。

いっそ彼の告白に頷いたほうが良かっただろうか。しかしそれこそ、失礼というもの。料理も、山川さんとの会話も、貰った気持ちも、幸せなものだった。本当に、


「……良い人だったのに、なぁ」


タクシーの中、小声で呟いたそれに返事をしてくれる人はいなかった。


PREVNEXT


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -