ピー・エヌ | ナノ
恋は曲者
( 20/32 )


ひたひたと、確実に誰かがついてくる。嫌な視線がさっきよりもあからさまになり、一人で歩く私を必要以上に震え上がらせた。自分の足音と、バクバクという心音が頭に響き、夜の街中の喧騒は一切感じられなくなっていた。


『このまま、別れたフリして暫く歩いて。そしたらあのストーカーは名前さんの方に行くと思うから……あとは、俺が捕まえてやる』


仙道くんの提案に疑うことなく頷いた私。途中の曲がり角で姿を消した仙道くんは、たぶんストーカーの様子を伺ってるはず。
一人で歩くのは怖い。本当に怖い。男の人がこんなに怖いと思ったのは初めてだ。


タ、タ、タ、タタタタ

「……!!」


一定のリズムで後ろを歩いていたストーカーの足音が、速くなった。だんだんと距離が近付いてきてる。堪らずスピードを上げた私。
「ハァ、ハァ」という自分のじゃない息遣いがすぐ後ろで聞こえた。ああ、ストーカーを軽く見ていたかもしれない。


「……っ、やだ、こないで!」


とうとう恐怖でその場にしゃがみこんでしまった。もう駄目だ。


助けて、仙道くん……!


ギュッと固く目を瞑り、震える体を自分で抱きしめる。仙道くん仙道くん仙道くん。馬鹿みたいに何度も彼の名を口にした。

ぎゃあ、と男の悲鳴が聞こえて振り返った私の目に映ったのは、フードを被った男を仙道くんが地面に組み伏せているところだった。


「うわっ!は、離せっ……」
「離す訳ナイでしょ。お前、ストーカーだろ」


捕まえてくれたんだ、ちゃんと。恐る恐る近付いた私を見上げて安心させるように微笑んだ仙道くんは、暴れようとする男の背に膝を乗せて押さえつけた。男の姿に見覚えはない。


「違うっ!お、俺は彼女が好きなだけで……ストーカーなんかじゃない!傷つける気もないんだっ」
「好きだからって嫌がらせして跡つけてりゃ、立派なストーカーだぜ……それに、」


今まで見たことないような鋭い目付きで男を睨んだ仙道くん。私の方を一度見て、それから怒りを隠さずに言った。


「彼女はもう傷ついてんだよ。どう責任とってくれるんだ」


仙道くんの迫力に「ひぃ……!」と怯えた様子の男だったけれど、大人しくなったかわりに、酷く悔しそうな声音でベラベラと口を動かした。


「傷つけたのは、名字さんをフッた、ま、前の男だっ……俺だったら、名字さんの全部を好きだし、痩せろなんて言わない、むしろ、大きいままの姿が良かった、のに……」


……ん?


「だ、だからいっぱい食べてもらおうとチラシを……なのに、ジムなんかに通う、から」


……んんん?


男の言うことを聞いている内に、何だかよく分からない方向へ話が逸れてきたような。つまりは、太ってる私のことが前から好きで、でも元彼に振られたのをキッカケに痩せてしまった私を、また太らせたかったから嫌がらせをしたと?


「あんなに可愛かったのに……!余計なことしてっ」
「…………」


聞き違いじゃなければ、男は地面に顔を埋めてくぐもった声で「ジムに行けないようにジャージまで盗んだのに」と自供した。これで嫌がらせの理由がすべて分かった。

いつの間にか消え去った恐怖のかわりに盛大な溜息が漏れる。え、どうしようこの変な人。


「さっきから聞いてれば……前の名前さんが可愛いってのはもちろん同意見だけどさ」


呆れて何も言えない私に、今度は仙道くんが予想外なことを言い出した。え?え?キミまで何言ってるの……


「今の名前さんが悪いみたいに言わないでくれる?今も、可愛いんだから」
「名字さんの可愛さはっ、俺だけが知ってるんだ!し、知ったふうな口聞くなよ!」
「……俺の方が知ってるんだよ。お前こそこれ以上口開くなストーカー」
「いっ、!いたたたた、痛いっ」


聞いてるだけで恥ずかしくなる事を二人で言い合っていたかと思えば、怖い顔をした仙道くんが男の腕を捻りあげた。


「せ、仙道くん、もういいよ!離してあげて」
「警察は?」
「もう私に近付かないって約束してくれるなら、いいから」
「……俺は納得いかないけど、どうする?」


脅すような声で男の返事を待つ仙道くん。


「……に、二度と……近付き、ません」
「……名前さんが許しても、俺は許さない。今度見つけたらまず手が出るぜ。それから警察だ」


脅すような、じゃなかった。それは完全に脅しだった。すっかり縮み上がってしまったストーカーは、体が解放された途端、涙目になりながら転がるように逃げていった。あの様子じゃきっと、もう嫌がらせはしてこない。



「あの、仙道くん」
「ん?」
「本当に……ありがとう」
「……怖かったでしょ?頑張ったね名前さん。もう大丈夫だから」
「……っ」


抱きしめられる訳でもなく、ただ頭を撫でられた。それだけの事ですごく安心して、引っ込んでいたはずの涙が目尻に浮かんだ。

今まで年下だからって一線引いてたけれど、彼はこんなにも大きな男の人なのだと、再確認する。そうやって意識した途端、仙道くんの顔をまともに見られなくなり、そのあと部屋まで送ってもらう間もとにかく顔が熱くて、ちゃんと会話が出来ていたかも怪しかった。


「ちゃんと戸締りしてくださいね」


部屋の前に着き、そう言って私の顔を覗き込んだ仙道くんからサッと距離を置いて何度も頷いた。私のその反応にハテナを浮かべて首を傾げる姿が、いつもより2割り増しで可愛く見えた。

最後に「怖くなったらいつでも電話して」と言って二つ折りにした紙を渡される。ドアが閉まるその瞬間まで、仙道くんから目が反らせなかった。


「…………なんなの、これ」


ドキドキと激しく高鳴る心臓と、全身が燃えるように熱いこの感覚。自分に問いかけはすれど、私はこの感情を知らないほど子供じゃなかった。

私、仙道くんに恋をした。


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