ピー・エヌ | ナノ
一肌脱ぐ
( 19/32 )


サエちゃんが私の家に泊まってくれてからというもの、しばらくは拍子抜けするくらい元の生活に戻っていた。結局誰がなんの目的でイタズラしていたのか知らないけれど、飽きてくれたのなら良かったと、この時は気楽に考えていた。
ずっと周りを警戒して遅くに外を歩くのは避けていたけれど、それももう大丈夫かと気を緩め、職場の同期に誘われるまま飲みに行って楽しんだ帰り。


「もう、やだ……」


再びチラシでいっぱいになった自宅のポストを見て、酔ってふわふわとしていた気分が一気に覚めた。






定時になって退社したものの家に帰るのがなんだか怖くて、どこか安心できるところに行きたいと思った。そこで浮かんだのは何故か、サエちゃんや仙道くんがいる場所で。

気分転換もかねて、今日はジムに行こう。そう決めると、踏み出した足がなんとなく軽くなった気がした。



「やっぱりまだ、続いてるんですね」


また顔色が悪いですよと声をかけてくれたサエちゃんは、私の話を聞いて顔を歪めた。自分のことのように怒って心配してくれる彼女のおかげで少しホッとする。

気を紛らわすためにそこらのランニングマシンに立ち、緩いスピードでスイッチを入れた。


「心配です……でも、今日は私ラストまでだから……一緒に帰ってあげられなくて」


私の隣でしゅん、と眉を下げて謝るサエちゃんに私は慌てて首を振った。そんな顔しないでほしい。話を聞いてくれるだけで充分だよと笑いかければ、悲しそうな顔が少しだけ元に戻った。


「そのストーカー野郎、顔さえ出してくれれば私がぶん殴ってやるのに」


今度は怒りの表情で拳を握り締めるサエちゃんに、私が苦笑いをした。可愛い顔してとんでもないこと言うなぁ、とその頼もしさに驚く。私も怖がってばかりいないで、懲らしめてやるくらいの気概をもたなくちゃ。


「……ふう、けっこう、走ったな」


しばらくランニングに集中して、ふと見上げた時計はもうすぐ9時になるところだった。

他のお客さんのサポートをしていたサエちゃんは私の視線に気がつくと、話していた人から離れてこちらへ来てくれた。聞けばちょうどマシンの説明を終えたところだったようで、そろそろ帰ることを伝えた私に十分気をつけるようにと念を押した。


「大丈夫。今日はタクシーで帰るから、ね?」
「それならいいですけど……そうだ、名前さん、誰か相談出来る男友達とかいないんですか?」


用心棒してくれるような強い人!と私に詰め寄るサエちゃん。そんな都合よくたくましい男友達なんていないよと返せば、「そうですよね」と肩を落とす。

私とサエちゃんがそんなことを話していると、なにやら背後に気配を感じて恐る恐る振り向いた。最近はそういうのに敏感だったから、背中を冷や汗が流れた。


「あれ、そんなに驚かせました?」
「なんだ……仙道くんかぁ……」


後ろに立っていた仙道くんは私の顔を見て少しだけ目を丸くした。それくらい私が変な顔をしてたんだろうけど……お願いだから音も立てずに近づくのはやめてねと頼んだら、申し訳なさそうに頷いてくれた。


「それで、男友達がどうとかっていうのは?」


さっきとは打って変わってニッコリと笑って聞いてきた仙道くん。その表情がどことなく強張ってるように見えるのは、気のせいだろうか。


「……あのね、実は、」
「仙道くんっ!そうよ仙道くん!ねえ、今日はもうすぐ上がりだったよね!?」


私を遮って、ずい、と仙道くんに詰め寄ったサエちゃんの目にはキラキラと期待がこもっていて。「そうだけど……」と返事した仙道くんは頭にハテナを浮かべながら、私に助けを求めた。





「ごめんね、無理やりお願いしちゃって……」
「無理やりだったのは佐伯さんだけどね。でも、名前さんがストーカーされてるなんて知ったら、俺だってほっとかないよ」


当然だろ、と言わんばかりの仙道くんの表情がとても優しくて、うっかりときめいてしまった私。それを誤魔化すように「ありがとう」と微笑み返して、なんとか平静を装う。

名前さんの護衛をしてあげて!と懇願したサエちゃんにどういうことだと説明を求めた仙道くんは、今の私の状況を大まかに聞くと、迷うことなく了承してくれた。というわけで、私たちは並んで自宅までの道のりを歩いている。


「頼もしい子たちばっかりでお姉さん泣きそう」
「胸貸そうか?」
「またそんなこと言うー」
「名前さんにだけ特別だから」
「……もうっ」


冗談を言いながら何気なく周囲を気にしてくれる仙道くん。照れ隠しで、つい彼の肩を叩いてしまった。冗談でも特別とか言われて意識しない女なんていないんだよとは言葉に出せないから、ちょっとだけ恨めしい気持ちで仙道くんを睨みつけた。そんな私を仙道くんが笑って見下ろした、そのとき。


ぞくっ、と背中に嫌な視線を感じた。


気付いた途端に顔が引き攣り、無意識のうちに仙道くんの腕を掴む。どこから見られているのかわからないけど、この視線の主は間違いなく私たちを見ていた。仙道くんも、しっかりと気付いてるみたいだ。


「もしかしたら……刺激してるかもしれないな。ほら、俺を名前さんの恋人と勘違いしてさ」
「ま、まさか」
「こんな風に男女が二人で歩いてたら、そう思われてもおかしくないでしょ」
「……どうしよう」


「名前さん、俺に考えがあるんだけど」


こんな状況でも冷静な仙道くんのおかげで、私はなんとか立ち止まらずに歩けていた。正直に言うと、めちゃくちゃ怖い。足だって震えてる。今すぐ走って逃げたい思いがあったけど、そうしないのは、隣に彼がいてくれてるからだった。

仙道くんの言うことなら任せよう、と彼の提案に小さく頷いた。



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