降らぬ先の傘
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「……はぁ…………」
いろんな人や機械の動く音がするトレーニングルームに、私の重たい重たい溜め息が溶け込む。
仙道くんとの誤解も解けてスッキリしていたのが遠い日のように感じるのは、先月から続く『ある事』が原因だった。そのせいで睡眠時間は減るし、余計なストレスで体重は増えたし、なんか私の身体、大丈夫かなぁ…とちょっと落ち込む。
「あれ、名前さんが溜め息ついてる。幸せ逃げちゃいますよ?」
「……うん、なんか、現在進行形で逃げてるっていうか」
「……話してください」
笑っていたサエちゃんは私の一言で真顔になり、何があったんですかと心配してくれた。
とにかく一人で悩んでても解決出来そうにないし……と考え思い切ってサエちゃんに相談してみることにした。
「最近ね、食材系とか飲食店の割引チラシがよくポストに投函されてて……」
「……、あ!どうりでまたちょっと(体重)増えましたね?あれほどピザは駄目って言ってたのに」
バレてる……!
ぎくっと肩を揺らした私に、じぃ、と視線を向けたサエちゃん。美人の真顔ほど怖いものはない。私が冷や汗を流していると、彼女は「まあそれは置いといて」と言って話を元に戻した。
「チラシくらい、別に変でもないんじゃないですか?」
「……あまりに多いからちょっと気になって、ご近所さんに聞いてみたんだよね」
確かに初めのうちは私も気にしていなかったのだけれど、ポストが溢れるほど詰め込まれたチラシを見てからはさすがにおかしいと感じた。
隣近所の人に聞いてみると、いつも投函されているチラシは 数枚程度だと言う。私に届いていた分を見せると、どの人も見たことがないチラシだと言って首を傾げていた。
「それは……うーん……変ですね」
「最初は気持ち悪いなぁ、くらいにしか思ってなかったんだけどね。そしたら、次はベランダに干してた洗濯物が無くなって……」
「まさか下着盗られたんですか!?」
「ううん。盗られたのはTシャツとジャージなの」
「……え、ジャージ?」
ぽかん、と目を丸くしたサエちゃんはもう一度「ジャージ?」と呟いて顎に手を添えた。私も隣に干していた下着じゃなくてそっちが盗まれた理由がよく分からなかったから、サエちゃんの反応に共感するように頷いた。
さすがに怖くなってすぐ警察に相談したけれど、そこでもやっぱり同じ反応で、とにかくアパート周辺をパトロールしてくれるという事以外に解決する方法は無いみたいだった。
洗濯物は極力家の中で干すようにしたけれど、チラシはどうにも防ぎようがなくて、未だにたくさん投函されていた。いやほんと全くもって謎だ。
「それって……」
難しい顔をして顎に手を添えていたサエちゃんは、もしかして、と続けた。
「ストーカーじゃないですか?」
「……でも、チラシが届くだけだよ?」
「変な奴ですよねえ……そんなんじゃ、警察も守ってくれなさそうだし」
「うん。とにかく、注意はするけど……」
「そうだ名前さん、今日は私が一緒に帰りますよ。上がりまで待っててください!」
「え?でも……」
でもは無し!と快活に笑ったサエちゃんは、家までの道中しっかりと目を光らせてくれた。そしてせっかくだから泊まってってという私の言葉に嬉しそうに頷いて、二人で夜も遅くまで楽しい時間を過ごした。
久しぶりに安心して眠ることが出来た。