会うは別れの始め
( 1/32 )
社会人として働き始めて大きく変わってしまったことがある。一年目は気にしないでおこうと思ってたそれは、二年目になった今、かなり深刻に私を悩ませていた。
その日も朝早くから起きて出勤の準備をしていた私。欠伸をこぼしながら、クリーニングに出していたお気に入りのスカートを手に持ち、両足を通す。そしてゆっくりファスナーを上げるも、どういうわけか途中で止まってしまった。
これは……マズイ。
どういうわけも何もない。前々から周囲には散々言われていたのだ。直視すまいと逃げていたのは私自身。
「ふ……太りすぎだぁぁあああッ!」
その後バタバタと慌ただしく出社して一日の仕事を終える頃には、私の精神はどん底にまで落ちていた。運動する時間無いし、社会人なんて皆んなちょっとくらい太るものでしょ?と思っていた昨日までの自分をぶっ飛ばしてやりたい。ちょっとどころじゃないだろう。というか、何でこんなになるまで自覚しなかったんだと大きな溜息を吐く。
「……遅れてごめんね!」
待ち合わせの駅前には、すでに約束の人物がいた。名前を呼ぶとその人……私の彼氏はゆっくり私の方を振り返る。
彼とは大学時代から付き合っている。ただお互い忙しくなったのもあって、なんやかんやで会うのは一ヶ月ぶりだった。朝からゲンナリしていた私だけど、この約束があったから頑張れたところもあった。
「何食べに行こっか?」
嬉しさで彼の腕を取って笑いかけると、グッと眉間を寄せて目を細められた。
「……?」
「……名前、また太った?」
ギクリ、と音がしそうなほど肩を強張らせる。言われた通り、ひと月前とは更に体重に差がでていたから。こんなにすぐバレるものかと背中に冷や汗が伝った。
「う……うん、ホント、参っちゃうよね!今日は控えめにするつもり。あ、でも久しぶりのデートだし美味しいもの食べに行きたいよね」
「お前…………馬鹿じゃねえの?」
誤魔化すように早口で喋る私の腕が、ばっと離された。一瞬、言われた言葉が理解できなくて首を傾げる。
さっきよりも表情をキツくして私を見下ろす彼は、誰がどう見ても怒っている様子だった。……何で?
「ハァ……お前といるの、しんどい。ぶくぶく太って恥ずかしくねーのかよ?今まで我慢してたけど……もう限界だわ」
今度は矢継ぎ早に暴言を吐かれて、鈍器で殴られたような衝撃に頭がクラクラとした。足元が少しよろける。
「俺、デブは抱けねえから」
ピシャリと稲妻が落ちて、私の心を真っ黒に焼き焦がした。もちろん今夜は快晴なのだけど。……何もこんな公衆の面前で振らなくてもいいじゃない。
それからは、どうやって家に帰ったのかもいつ着替えたのかも分からないまま、気が付けば窓から朝日が差し込んでいた。
馬鹿だのデブだの言われた挙句、こっぴどく振られてしまったショックで夜通し泣いた私の顔は、見るも無残なことだろう。そして、何よりも心が痛む理由がもうひとつ。
ぐう、きゅるる。
「……お腹、すいたぁぁ……」
あんなに酷いことを言われても、私のお腹は悲鳴をあげた。
散々泣いたはずなのに、目尻にまた涙が溜まる。それを拭うこともせず、覚束無い足取りでキッチンに向かった。
炊飯器に残っていたご飯を全て平らげ満腹になった時、ふと我に返った。
「ダイエット……しなきゃ……」
今朝食べた白米の味は忘れない。
私は一大決心をして炊飯器をゴミに出し、その日の内にジムに入会手続きをしに行った。