ピー・エヌ | ナノ
膝を交える
( 16/32 )


次も、その次も、あの女の子たちと会うことは無かった。今までは顔を合わせないことの方が少なかったサエちゃんや仙道くんとも会えず仕舞いで、自分のタイミングの悪さに嫌気がさす。


「何か考え事、ですか?」
「…………えっ……?」


ひらひらと目の前で手が振られて、ようやく誰かに話しかけられているのだと気が付いた。

私を覗き込むようにして立っていたのは、肩にタオルをかけた山川さんだった。きっと運動終わりで、シャワールームへ汗を流しに行く途中なんだと思う。

相手が誰だか分かると、顔の近さに驚いて一歩後ずさった。そこで、ようやく私は自分が廊下の真ん中で立ち尽くしていたことを思い出す。たしかにこれじゃ声をかけざるを得ないよね。更衣室に向かうのに、こんなところでボーッとしてたらめちゃくちゃ邪魔だし。


「ごめんなさい、道塞いじゃってましたね」
「いえ、それはいいんですけど……」


さっと道を開けて謝罪を口にするけれど、山川さんは足を止めたまま「えっと」とか「その」とか言いながら頬を掻いている。何か言いたそうな様子に言葉の続きを待っていれば、意を決したように私と視線を合わせた。


「なにか困ってるなら……俺、力になりたくて」


一瞬、どきりと胸が鳴った。

私だって人の気持ちにそこまで鈍いつもりは無い。彼がこうして私の心配をするのは、私への好意があるからで。今までの言葉の端々だとか、何気なく向けられる視線だとか、そこかしこにそれが見え隠れしていたのにも気付いてた。

正直に、優しくされて嬉しいとは思う。山川さんは良い人だとも思う。けれどその気持ちには応えられない。だから出来るだけハッキリと躱した。「大丈夫です」と笑顔で返せば、一瞬目を見開いて「それなら、よかった」と小さな声が聞こえた。少し気まずそうに微笑んだ姿が印象的で、私が今こんな状態じゃなかったら、 もう少し友好的に受け取れたのかもしれないなぁ、と惜しいことをしたように思えた。



「…………っ!!?」


山川さんが立ち去って、私も更衣室に戻ろうとした時、非常階段の前で急に強い力で腕を引っ張られた。

バランスを崩した私は以前階段で落ちた時のことを思い出しとっさに身を固くしたけれど、いつまで経っても衝撃は無く、そのかわりトン、と背中が壁に押し付けられた。


「山川さんとは……普通に話すんだね」
「仙道、くん?」
「……俺のこと避けるのは、どうして?」


頭上から降ってきたのは、いつもの優しい声じゃなかった。

仙道くんの右手は私の二の腕を掴んだまま、左手は私を逃すまいとでもするように壁につかれていた。背には壁、正面には大きな体。さっきの山川さんとは比じゃないほどに近い。近すぎる。


「……は、離して」
「質問に答えてよ」
「避けてないっ ただタイミングが悪くて……」
「嘘だ」
「……っ、……」


静かだけど怒気を含んだ声音に怯んだ私は、さっと顔を俯かせた。だって図星だったから。

仙道くんと接する私を疎ましく思う人がいるからとか、馴れ馴れしいと思ってたんでしょうとか、言いたいことはあったけれど、口を噤んだせいでどれも声にならずに飲み込んでしまった。


「…………ジム、辞めないで」


少しの沈黙のあと私の耳に届いたのは、か細くて苦しそうな声だった。


「あ……どうして……それ、」
「ごめん。名前さんがジムに来なくなった理由なら、知ってるんだ。俺のことで……あの子たちに何か、言われたんだよね」


「何て言われた?」と聞かれ私は渋ったものの、彼の有無を言わせない雰囲気に押されて、記憶の中の言葉をそのまま伝えた。


「俺……迷惑なんて思ってない。第一、名前さんはその辺の節度をちゃんとわきまえてるじゃないか」
「そのつもりだったけど、一緒にご飯行ったり、したし」
「それだっていつも俺から誘ってる……!」


語尾を強めた仙道くんはグッと押し黙り、ハァ……と長い深いため息を吐き出す。

私を掴んでいた手を離し、両手で自分の顔を覆ってしゃがみこむと、くぐもった声で私の名を呼んだ。私も、彼と同じようにずるずるとその場にしゃがむ。


「俺のことが嫌になったわけじゃない?」
「うん」
「全部、勘違いみたいなもの……?」
「うん」
「じゃあ……辞めないよね?」
「うん……今まで通り、仙道くんに話しかけてもいいんでしょう?」
「……そうしてください」


なんだ、こんな簡単なこと。誰かに言われて惑わされたとしても、こうして気持ちを伝えればちゃんと分かるんだ。指の隙間から私を見ていた彼の目が、安心したように細められた。

仙道くんは、迷惑だなんて思ってなかった。それだけで胸が温かくなって、同時に倦怠感も残った。


「なんか疲れちゃったね。それに、ホッとした」
「俺も」
「……本当はね、結構参ってたの。私のことが気に入らない子が多いみたいでさ。揉めたくなんてないし……私がいなくなれば全部解決するのかなって」


私がそう言うと、あいていた手がギュ、と強く握られた。握ったのはもちろん目の前の仙道くんだ。


「気が付かなくて、嫌な思いさせて……すいませんでした」
「いやいや仙道くんが悪いわけじゃ……」
「もう傷付けないから。だから……この後のことは、俺に任せてよ」


力強い言葉と一緒にフ、と微笑んだ仙道くん。

なんだか切実なそれにしっかりと頷いて見せ、ひと言わかったと返した。



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