浮き沈み七度
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それは、ある日のジムの帰り。
「ねえちょっと」
受付を過ぎて外に出たところで掛けられた声にゆっくりと振り返った。たった一言だけでその不機嫌さが分かってしまう。あまり友好的とは思えないような、そういう声音。
自動ドアを挟んで建物の中からこちらを見ていたのは、ジムで見かける大学生の女の子たちだった。彼女たちが仙道くんを質問攻めする姿なんかをよく目にしていたけれど、一体私に何の用があるんだろう。
私が立ち止まっていると二人は一瞬目配せをし、つかつかと歩み寄って来た。その表情はどちらも険しくて、何を言われるのかと身構える。
「こっち、来て」
それだけ言ってジムから離れたところまで歩くと、あからさまなほど敵意をむき出しにしてギロリと睨まれた。ああ、綺麗な顔が台無しだよ。
「あんまり仙道さんに近付かないでくれませんか?」
「……え?」
「馴れ馴れしいと思うんです」
「……そう、かな」
「仙道さん優しいから何も言わないだけで、迷惑してるっていい加減気付いてください」
「…………」
矢継ぎ早に言われたそれらを飲み込むのに少し時間がかかった。
「それにダイエットだか知らないですけど……必死になっちゃって恥ずかしくないんですか?私ならそんな姿、他の人に見せられないけど」
グサグサと言葉の刃が胸に刺さる。若くて可愛い子に面と向かって言われるとこんなにも破壊力があるのかと泣きたい気持ちになった。
確かに私はいつも必死だ。なりふり構わずダイエットに励んで周りの人に少し引かれてるのも知ってる。けど、だからってどうしてこんな風に言われなくちゃいけないのか。そもそもジムってそういう場所だし。引かれてたとしても間違ったことをしてるわけじゃないのに。
「見てて痛いっていうか」
「…………」
言いたいことを言えてスッキリした表情の二人は、お互いに頷き合って私の前から去った。
ジムを出た時は朝からしっかり汗を流して清々しささえ感じていたのに、今の私の心の中は嵐もいいところ。それに応えるかのように晴れていたはずの空は曇り、間もなく雨粒が落ちてきた。
「ちわ、名前さん」
「ああうん……こんにちは」
「……?」
翌日、ジムの廊下で最初に出会ったのは、ニコリと笑う仙道くん。いつも通りの挨拶に愛想よく返せなかったのは、昨日の女の子たちの言葉が頭の中に渦巻いていたからだ。あの子達に会うのは気まずいと思ったけれど、それでもあえて今日もジムに来たのは、年上の意地というか。なけなしのプライドのようなものだった。
「難しい顔してるけど……また何か、」
「あ……えっと、ごめん。更衣室にタオル忘れちゃったみたい。取りに行ってくるね」
彼の言葉を遮って背を向けると、私はそそくさと来た道を戻った。誰がどう見たって今のは不自然だ。でも、それくらい今の私には余裕が無かった。
「仙道さん見ーっけ!」
角を曲がろうとしたところで、後ろの方から聞こえた女の子の声。廊下の先に見えたその姿に、何故か咄嗟に逃げ出してしまった。仙道くんの心配そうな顔が目に焼き付いてる。
「……何やってんだか」
仙道くんのことは好きだ。恋愛感情とかじゃないにしても、人として好き。たまに意地悪だったりもするけど基本的に優しくしてくれるし、嫌いになる理由なんて見つからないくらいだ。
さっきの仙道くんからは私と接することで『迷惑している』という感情があるようには思えなかった。思いたくない、というのが私の正直な気持ちだけど、本音と建前というものは外から見ていて分かるものじゃない。
だからもしかしたらあの子たちの言う通りで、仙道くんは私のことを疎ましく感じているのかもしれない。
「…………ふぅ」
一度足を止めて、深呼吸をした。
納得なんてできないけれど、自分で思うよりも仙道くんに馴れ馴れしくしてたのかな。
挨拶どころか顔を合わせるのすら許さないとでも言うように幾度となく向けられる嫉妬や牽制の視線が、私の体に絡みついて痛かった。そしてそれに立ち向かえない弱い自分が嫌だった。