ピー・エヌ | ナノ
一難去ってまた一難
( 13/32 )


「きゃ、っ!」
「名字さん危な……!」


トレーニングルームから更衣室までの階段を降りているとき、最後の数段手前で女の子とすれ違いざまにぶつかった。その衝撃で体が前に倒れこみ咄嗟の事で動くことも出来ず、私は怪我を覚悟した。受け身も無理だよこれ。


「っと、セーフ……大丈夫ですか?」


ぼす、という鈍い音と一緒に強い力で抱きとめられたかと思えば、怪我は無いですか!?と焦った顔で言う男の人が目の前にいて、目をぱちくりさせる私。あれ、全然痛くない。どうやら彼のおかげで助かったらしい。


「あ、ありがとうございます……」
「はぁ……ビックリしました。名字さんに怪我がなくて良かった」
「ごめんなさい、重かった、ですよね」
「平気です」


山川さん、だったかな。前に一度声をかけてくれた人。平気だなんてそんな訳ないでしょうに。

私をそっと立たせると、もう一度大丈夫かと聞いてからホッとしたように笑った。相変わらず爽やかな殿方だ。


「ぶつかった女の子、そのまま行っちゃったみたいだ。危ないなぁ……」


大丈夫だとは言ったもののズキズキと肩に残る痛みは、ここ最近ではよくある事だった。山川さんが指差した階段を私も見上げて、またか……と首を傾げた。どうにも近頃人にぶつかられることが多かったり、前にも増して嫌な視線を向けられることがあった。気のせいだと思いたかったけれど、これはどう考えても偶然じゃない。まさかこの歳になってイジメ?とかなり落ち込んだけど、だからと言って事を荒げたくはないし、相手にするだけ無駄だと考えて放っておくことにしていた。それでこのザマだ。

山川さんにも迷惑かけてるし、やんなっちゃうな……と彼に聞こえないように心の中でため息を吐いた。






別の日、私の姿を見るなり詰め寄ってきたサエちゃんは「名前さん!噂って本当ですかっ!?」と私の肩をガクガク揺らした。ちょ、痛いよサエちゃん……こないだ怪我したとこ掴んでるよ。というか噂ってなんだ。


「私はてっきり仙道くんと付き合うものだと!」
「……え?」
「なのに、なんで山川さん!」
「……え?」


一度サエちゃんを落ち着かせてよくよく話を聞いてみると、どうやら一部のスタッフや会員さんの間で私と山川さんが抱き合ってたという目撃情報があったらしい。そこから私たちが付き合ってるという噂が流れているとか。
別に思春期の高校生じゃあるまいし、そんな噂ひとつで狼狽える私じゃない。でも、抱き合ってたのはともかくお付き合いは完全な誤解だ。私だけじゃなくて山川さんもきっと困るだろうから、そこのとこは丁重に否定した。そして、抱きとめて貰った経緯も話す。


「という訳で、それ、サエちゃんの勘違いね」
「みたいですねぇ」
「あと、仙道くんと付き合うってのも」
「それはそれです。私の推しカップルですから」
「……お願いだから仙道くんには言わないでね」


私が苦笑いでそう頼むと「そんな野暮なことしませんっ」と鼻息荒くし「それよりも!」と別のところで引っかかったらしく、ずい と顔を近づけてきた。その剣幕に少し後ずさる。


「その嫌がらせしてくる奴、誰なんです?」
「あ〜いや、顔は見てなくて……」
「一歩違えば大怪我だったんでしょう?許せません!」
「……えっとね、正直、あんまり揉め事は起こしたくないんだ」


ジムのスタッフとしてというよりも、友達として怒ってくれるサエちゃんに私は自然と口元が緩んだ。そしてなるべく刺激しないように「ちょっとぶつかったりするくらい、平気だからさ」と微笑む。


「……それでも、やっていい事と悪い事があります」
「気持ちだけ受け取っとくよ。ありがとうね」


未だ納得いかないという顔をした彼女の肩にポン、と手を乗せる。サエちゃんは、また何かあったら直ぐに自分か仙道くんに言ってくださいねと念押ししてから、仕事に戻った。

こんな良い子に心配させてしまって、われながら本当に不甲斐無い。


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