ピー・エヌ | ナノ
武士は食わねど高楊枝
( 10/32 )


「もうヤダ、疲れた……お腹すいた」


職場に蔓延したウイルスのせいで人手が足りず、連日残業が続いていた。疲れ果てていた私は運動をしなくても痩せるときは痩せるということを学んだ。でもあまりに不健康なやつれ具合に自分でもちょっと引いて、大きなため息を吐き出した。





週末になり久しぶりのジムに向かっていると、入り口に着く前にぽんと肩を叩かれた。


「こんにちは」
「あ、仙道くん」
「後ろ姿がスッキリしてて一瞬誰だか分からなかった」


隣に並んだ仙道くんを見上げて「そうかな?」と首を傾げれば、「どんどん綺麗になるね」だなんて恥ずかしげもなく言ってくるので、私は「はいはい、ありがとう」と軽く受け流した。けど内心では照れまくってどうしようもなかった。だってこんなに直球で褒められることなんて滅多にない。しかもイケメンに。

少し火照った顔を落ち着かせて、もう一度そろそろと仙道くんに視線をやれば、当たり前だけどいつもジムで見かける恰好とは違っていた。ジーンズに白シャツというシンプルな私服姿は初めて見るからすごく新鮮だ。それにジムの外で彼と話すのは、なんだか変な感じがした。


「……そういや名前さん、今日は一段と疲れてない?まだ運動前だけど」
「え……分かる、の?」
「なんとなくね」


そう言ってニッ と笑う仙道くん。普段とぼけたフリしてちゃんと周りを見てるんだと思わず感心してしまう。

それよりも疲れていることを人に悟られるようじゃ私もまだまだ。これは気合を入れ直さなきゃ、なんてひとりで頷いていると、仙道くんがじっと私の方を見ているのに気が付いた。どうやら話の続きを視線で促していたようで、先日までバタバタしていたことを掻い摘んで伝えると、今度はその立派な眉を少し下げて私の顔を覗き込む。あれ、なんで君がそんな不安げな表情をするのかな?


「あんまり無理しすぎないでくださいね……前より痩せたのもその仕事のせいなんでしょ」
「……うん、まあ」
「その様子だとちゃんと飯も食ってなかったとか?」
「あははは」


全部が図星でもはや笑うしかなかった。これじゃあ年上の威厳なんて欠片も無い。

引きつった私の顔を見てなにやら考える素振りをしていた仙道くんは、「そうだ」と何か良い事でも閃いたように笑った。


「名前さん、ジムの後って用事ある?」
「用事?うーん……特に無い、けど」
「じゃあ俺18時に終わるから飯行きましょう。だめ?」
「えっ……」


彼の突然の誘いに驚いた私はピタリと足を止めた。いや別に、仙道くんに深い意味は無いと思う。きっと不健康な私を心配したってだけで……そうじゃなきゃ私なんて食事に誘わないだろうし。でもこれ、行っていいのか?きっと仙道くん目当ての会員さんたちに恨まれるよね。でもなあ……善意で誘ってくれているわけだし……と、私がうだうだ考えていたら、同じように歩みを止めていた仙道くんが「決まり。駅の前で待ち合わせね」と口笛を吹きそうな様子で言った。なんだか強引なそれに「……はい」と返事する他なかった私は、頭の中でサエちゃんが喜ぶ声が聞こえた気がして苦笑いした。




「ひゃあ〜〜仙道くんとご飯ですか!?いいじゃないですか」
「……良かったらサエちゃんもどう?」
「今日はラストまで仕事ですう」


ニヤニヤと肘でついてくるサエちゃんには「そんなぁ」とため息で返す。やっぱり喜んでる……とその笑顔を横目で見ていた私。


「楽しんできてくださいね」
「う……」
「仙道くんから誘われるなんてレアですよ?」


そう言いながら誰よりも楽しそうに微笑む彼女は、完全に私の状況を面白がっていた。


「べつに、ただご飯行くだけだからね?サエちゃんが期待してるようなコトにはなんないからね」
「はいはい。分かってますってば。ま、とにかくイケメン眺めながら美味しいもの食べて元気になってきてください!」
「うん……」
「あ、でも何か進展あったら絶対教えてくださいよ?」
「もうっ 年上をからかわないで!」
「だって名前さんの反応がかわいいからつい〜」
「サエちゃんっ」
「えへへ、うっかり本音が」


うっかり本音が、じゃないよチクショー。進展なんてあるわけないのに。どう転んだら私と仙道くんが進展するんだか。むしろそんなこと考えるだけで彼に失礼だ。

わーわーと騒ぐ私たちに周囲は首を傾げていたけれど、そんな事よりも今の私はこの後の仙道くんとのご飯が気掛かりでそれどころじゃなかった。


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