ピー・エヌ | ナノ
上り坂より下り坂
( 9/32 )


「はうあ……!」


カタカタカタと両足が震える。体に巻きつけていたタオルはパサリと床に落ち、お風呂上がりの背中を冷や汗が伝った。


「油断、したっ……ぐす」


順調だった筈の体重管理がここ数日疎かになっていたのは自覚していた。しかし今朝乗った体重計は無情にも目に見えて数字を増やしていて、私はがっくりと肩を落とした。調子に乗っていた分、そのショックは他人には計り知れないものだ。





「もしかして名前さん元気ない?」
「……実は、3キロも戻っちゃって」
「え……そうは見えないけど」


ジムに来てちょうど受付を終えた私に話しかけてきたのは、同じくこれからバイトの仙道くんだった。
普通に挨拶しただけで私が落ち込んでいることを見抜くなんて、この子只者じゃないわ……と心の中で感心していたら、真顔の仙道くんがスッと両手を伸ばしてきた。


「わっ、なに、仙道くん」


吃驚して避けられずにいると、ぺたぺたと顔や二の腕を触られる。そして最後に顎をなぞったところでやっと解放された。ぞわり、と何かが背中を走る。


「なんだ、気にするほどじゃないっすよ?むしろこのくらいのがちょうどイイっていうか……」
「セ、セクハラだよこれ!」
「えー?そう?」


しゅん、と心なしか落ち込んだような困った表情をする仙道くんに罪悪感が湧いた。って私何も悪くないけど。


「いや、ごめん……言いすぎたね?」


私が思わず謝ると、彼はいつも通りニッコリと笑った。何度も言うが私は何も悪くないのに。どうしてだか仙道くんの笑顔にホッとしている自分がいた。



「あの、仙道さんっ」
「ちょっといいですか〜?」


トレーニングルームに入るとすぐ、他の会員さんたちから呼ばれてしまった仙道くん。あれは確か最近入った大学生の女の子たちだ。いつも楽しそうに話しながら運動していて、私はそれを遠目に微笑ましく眺めていた。


「ほら行って行って」
「えー……他にもスタッフいるのに」
「名指しされてるんだから。仙道くんの出番だよ、仕事頑張れっ」
「……うっす」


なんで俺……?と右手を首の裏に置きながら未だ首をかしげる仙道くんの姿に私は苦笑した。

最近知った事だけど、仙道くんは第一印象と違って結構面倒くさがりだ。それも上手い具合にサボっているから、特に咎められたりはしていないようだった。その割に、会員さんや他のスタッフの人に頼られるとそつなく応えてしまうのだから本当に器用な男の子だ。



「さて、私もランニング頑張ろっ」


定位置となったマシンの横に立ち、もう一度彼の方を振り返る。

仙道くんの話を聞いているのかいないのか、彼に見惚れて顔を赤くしている女の子たち。なるほど仙道くんが目当てで入会してきたのかな?とついつい余計な推測をしてしまう。
可愛い女の子が自分に集まってくるというのは世の男性たちからしたらきっと羨ましいことなんだろうけど。彼の疲れた表情を見ていると、モテる男ってのも案外大変そうだなぁ、なんて私は他人事のように考えていた。


PREVNEXT


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -