ピー・エヌ | ナノ
山と言えば川
( 8/32 )


「はっ……は……はぁっ…………ふう」


こんなに息が乱れている理由はもうお分かりでしょう、今日も全力で走っているからだ。ちなみに日曜日の今日は、朝からずっと運動に励んでいるのです。

確かに息は乱れているけど、このジムに入った当初に比べると大分体力はついていた。体重も目に見えて減り、あんなに怖かった体重計という乗り物も今ではそこまでビビらずに乗れていた。これ、すごい進歩!
それに、最近は会社でも同期や掃除のおばちゃんに「スッキリした」とか「可愛くなった」って言われることが増えていて、俄然モチベーションが上がっていた。女の子は誰だって褒められると嬉しいもので、ここのジム通いも楽しいと感じるまでになった。




「名字さんですよね……俺、最近このジムに入会した山川です。その……仲良くしてもらえたら嬉しいな」


内心、調子に乗っていた私はここで思わぬ軟派にズッコケた。それはもう派手に。慌ててマシンを止めてくれた殿方……山川さん?がサッと手を差し出している。しかもめっちゃ爽やかな笑顔で。近頃はめっきり男性との会話が減り(上野さんと仙道くん以外で)、こうした好意を向けられる事も無かったから何だか心が潤った気分。

わあ、感じ良い人だ。

一瞬迷ってからその手を取ろうとした私。でもその前に「よいしょ」という掛け声で身体が持ち上がった。両脇には逞しい腕。急な浮遊感に焦った私はバッと真上を仰ぐ。


「モテモテだね、名前さん」
「あはは……ありがとう仙道くん。おろしてください」


私を背後から見下ろしてニコニコしている仙道くんに私もへらりと笑い返す。

伸ばした手を彷徨わせていた山川さんは、どこか気まずそうな顔をして私と仙道くんを見比べると、「……じゃあまた」と言ってその場を去ってしまった。
残ったのは未だ微笑む仙道くんと、眉の下がった私。


「あれ……邪魔しちゃった?」
「うーん……まあ、そうかもね」
「え、名前さんああいう人タイプなんですか」
「優しそうだし、嫌いじゃないよ?」
「……そりゃ悪いことしたかな」


本当に悪いと思ってたらそんな笑顔はしないでしょう、とは口に出さずに心の中で唱える。近頃の仙道くんはサエちゃんと同じくらい私に構うようになっていた。
おかげで私も退屈しないしこんなイケメンと話せて嫌な訳じゃ無いんだけど……そのかわり、今みたいに私に声をかけてくる人がいると必ず間に入ってくることが多い気がした。


「名前さん、ほんと変わったからね。もとから可愛いと思ってたけど……なんて言うか、綺麗になった」
「そ、そんなお世辞いらないですっ」


急に真面目な顔でそんな事を言われて、なんだか恥ずかしくなった私はボッと顔を赤くした。
ここのスタッフさんは会員を褒めて持ち上げるところまで職務内容なの?まったく、お姉さんをからかっても何も出ないからな……!


「お世辞じゃないって。さっきの人だって絶対下心あるよ」
「……そうかな」
「それにほら、最近入ってきた人だからちょっと前の名前さんのこと知らないし?」
「……まあ、あんだけ太ってたら普通は声かけてこないよね……って余計なお世話だ!」


ハハハ、と聞こえた笑い声の方を見れば、すぐ近くにいた上野さんが肩を揺らしていた。明らかに私たちの会話に笑ってて、目が合うとパチンとウィンクを送られた。相変わらず、お茶目なおじさんだ。しょうがないなと私も笑いながら肩をすくめる。


「…………ん?」


仕事に戻っていった仙道くんの背を見ながらひとつ疑問に思った。そういえば彼はいつから私のことを「名前さん」と名前呼びしていたっけ。


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