夏の日和と人ごころ | ナノ
嘘つきを一撃
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季節は春になり桜が見事な満開を迎えた頃、俺たちは2年生に進級した。名字とはクラスが離れてしまったが、それを残念に思う間も無く新入生の入学式を終え、今年は何人の部員が集まるだろうかと俺の頭の中はそればかりだった。


「根性あるやつが入るといいな」
「フン。そうじゃなきゃ続かないだろうからな」


俺も頑張るぞ、と意気込む木暮に俺は大きく頷いた。あと数日もすれば1年生も正式に部活動に加わり、新しい湘北バスケ部がスタートするんだ。そして、あっという間に県大会が始まるのかと思うと背筋にピンと力が入った。




いつものように何事もなく授業を受け、途中で会った名字と少し話をしてから部活に向かった。彼女は今日も練習を観に来るらしい。
ここ数日、バスケ部全体のやる気が著しく向上していた。その理由は言うまでもなく名字だ。男なら誰だって、女子に観られていると意識すれば、普段よりも良いプレーをしなくてはと思うもの。名字は俺たちを意識させるのに十分に足るほどの魅力があったし、そういう意味では入部前からすでに影響力を発揮していた。


「ちょっと、教室に行ってくる」


全体練習が終わり、俺と木暮は自主練のために体育館に残っていた。二人で交互にシューティングをしていたが、ふと忘れ物をしていたことを思い出す。取りに行くのを後にして忘れてしまっては元も子もないと思い、木暮に声をかけてから教室に向かった。


「……なんだ名字、まだ残ってたのか」
「そういう赤木君は自主練の途中?」
「ああ。ちょっと忘れ物をな」
「実は私も」


ふふ、と笑う名字からそっと視線を逸らして自分の教室に入る。彼女のクラスは俺の隣だった。
机の中にあった目当ての週バスを手に取って戻ると、教室のドアに手をかけたまま動こうとしない名字がいて、不思議に思い近付いた。どこか様子がおかしい彼女に声をかけようとした時、ドアの向こうから数人の笑い声が聞こえてきた。


「……西川たちか?あいつら部活にも出ないで何して……」


聞き覚えのあるその声はチームメイトのもので、今日は補習やら追試やらで練習には顔を出していなかった。ドアを開けようとしたが、西川や他の女子の会話で俺の動きは止まった。名字も先ほどまでと同じように俯いたまま、固まっている。

……会話からして、どうやら部活に遅れると言っていたのはサボる口実だったらしい。それを知り、腹の底からドロリとした感情が湧き出てきた。これは怒りだ。


「はっきり言って……あいつにはついてけねーよ」


バスケの事になると俺は確かに厳しいと思う。それは俺が何よりもこのスポーツに真剣だからだ。


「今日もさ、なんかふっるい週バス見せられて……コレが俺の原点であり最終目標なのだ、とか言われてさ」


左手に持っていた週バスの表紙が、くしゃりと歪んだ。


「ほんと、あいつとバスケやるの息苦しいよ。全国制覇なんて強要されてもさあ」
「たしかになー」


俺が語った決意や目標が今、目の前で笑われていた。それも軽い口調で、関係のない女子たちと一緒になって。


ガラッ


怒りが振り切れ、気がつくと力の限りでドアを開けていた。その音に驚いた男女が一斉にこちらを見る。そうして西川目掛けて一歩を踏み出した俺はしかし、自分より早く動いた存在に面食らった。


パンッ……!

「!!」


俺の前で揺れた黒髪は、間違いなく名字のものだ。彼女の細い手によって平手打ちをされた西川がよろけて尻餅をついた。近くにいた女子が小さく悲鳴をあげる。


「痛って……名字……あ、赤木」
「なんで赤木君を笑えるの」


それは、初めて聞く名字の怒りの声だった。彼女の迫力にぽかんと口を開けるだけでその場の誰も何も言えなかった。

ようやく我に返った俺は強く握っていた拳を緩めて名字の腕を掴む。怯えた目で見上げてくる西川を一瞥してから、教室を出た。

彼女の手が小刻みに震えていた。


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