夏の日和と人ごころ | ナノ
ルールブック
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「三っちゃん……いつもの所行くのか?」
「おー。寝不足なんだよ」


俺が授業をサボる時に来る場所は、いつも決まって屋上だ。今日は天気も良くて絶好の昼寝日和だった。入り口からは見えにくい所で自由気ままに寝転がり、さっそく目を瞑った俺は直ぐに眠りに落ちた。


意識が戻った時には午後の授業が全て終わっていた。グラウンドの方から運動部が部活をする声や、校舎からは吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。


チッ……寝すぎたな。


コンクリートの地面に横たわっていたせいで身体のあちこちが痛い。あまりサボるのも考えもんだな、と一人反省しながら立ち上がろうとすると、誰もいなかった筈の屋上に自分以外の人間がいることに気がついた。
今の位置からその姿は分からなかったが、誰かが何かを呟く声が聞こえる。


「へえ……ファウルだけで何種類もあるんだ……」


普段、屋上に来るやつは滅多にいなかった。来たとしても俺と同類の不良か、そういう奴らの溜り場だと知らないで来るバカか。

目の前の女は、どう見ても後者だ。
屋上の塀にもたれて本を読む姿はおおよそ不良とは縁のない姿で、どこか見覚えがある気がした。


「お前……転校生か?」


え、と言葉を詰まらせて俺を見上げた女。色白で透明感のある肌に、サラサラと長い黒髪。放課後の夕日に照らされた彼女は、徳男や他の連中が浮き足立ってしまうのも頷けるくらいに整った顔立ちをしていた。


「……転校してきたのは半年以上前ですけど」


1年の中途半端な時期に転校してきた彼女のことは記憶に新しい。名前は……そう、名字だ。こうして話すのは初めてだが、なるほど"クール"と言われる訳だ。近頃じゃすっかり素行の悪くなった俺に対しても怯むことなく目を合わせてきて、少し驚く。


「こんなとこで何してんだ」
「……見ての通り、読書です」
「バスケのルールブックを……か」


表紙を見たときから気付いてた。前までだったら、俺の最優先事項だった筈のものだ。心臓をギリ、と捻られるような感覚がした。



「くだらねぇ」


言うつもりのなかった言葉が、口から溢れた。言われた本人は特に反応を返すでもなく、俺から視線を外すと本のページを捲った。
……これは、無視されたってことか?名字を見下ろしたまま黙る俺。


「あなたにとってくだらなくても……私の友達はこれが好きなので」


本から顔を上げずに返されたそれは、言外に放って置いてくれとほのめかしているように思えた。というか、実際そうなんだろうな。


「……お前は、どうなんだよ」


もう一度重なった視線。その真っ黒な瞳に吸い込まれるような不安を感じた。なんで俺は名字にこんな事を聞いているのか。聞いてどうするのか。自分でも理解出来ない衝動に内心でとまどう。

今俺が最も遠ざけたいと思っているバスケの……そのルールブックなんかを持っている女が、どうして気になるんだ。


「……好きになろうとしてます」


パタン、と持っていた本を閉じて立ち上がり、まるで興味が無いとでも言うように俺の横を通り過ぎていった名字。



「アレ……三っちゃん今の、名字っ!?」


入れ違いで屋上に来た徳男はあいつの背を振り返り、頬を染めて俺を見た。「なんか話してたのか?」と聞かれたが「別に」と首を振った。
やっぱ美人だとかいい女だとか隣で舞い上がる徳男に軽く蹴りを入れて、さっさと屋上を後にする。


「……くだらねぇ」


あいつがバスケを好きになろうが俺には関係ない。俺……三井寿にとってはバスケなんて……もう、ただの思い出だ。



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