夏の日和と人ごころ | ナノ
寄り道する
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「赤木君……映画、好き?」


事の始まりは、父親から貰ったのだという二枚のチケットからだった。



湘北高校は今テスト期間中で、明日が最終日だ。生徒の殆どは真っ直ぐ家に帰り、勉強していることだろう。中にはそうじゃない連中もいるかもしれないが。

そして俺と名字も、今日ばかりは後者だった。


「……なんで俺だったんだ?」
「それを聞いちゃうの?……何度も言うけど私、赤木君か木暮君しか友達いないんだって」


自分で言っててつらい、と下手くそな泣き真似をする彼女を見下ろす。


「いや……お前は木暮を誘うもんだと」
「君に断られてたら、誘ってたかもね」


一緒に映画を観に行かないかと名字に聞かれた時は、すぐに返事をすることが出来なかった。名字からの突然の誘いに驚いたのもあったし、テスト期間中というタイミングの問題もあったからだ。

ただ、彼女が俺に見せたチケットの期限は今日までで、それを無駄にするのは勿体無い気がした。「……ダメ?」と首を傾げられ、気がつくと俺はアッサリ頷いてしまっていた。バスケ一筋で女子と映画どころか出かけたことさえ無い俺が、だ。



「もう中に入れるみたいだよ」
「……ああ」


明後日の方を向いてぼんやりしていた俺の袖を、そっと引っ張る名字。そんな俺たちを周りの誰もが物珍しそうに見ていた。こんなデカい図体だからか、普段から視線を向けられることは少なく無いが。きっと今は、名字と一緒にいるせいなんだと分かっていた。黙っていても人の目を引く彼女だ。
だから、俺たちが二人でいれば好奇の目を向けられてもまったく可笑しくは無い。自分で言うのもなんだが、これじゃまるで美女と野獣だ。



指定された席に座って、隣の名字との近さに少し緊張した。それを誤魔化すために、ちらりと横目で彼女の方を見てから口を開いた。


「名字は……こういうのは一人で行くタイプだと思ってた」
「……まあ、一人でもいいけどね。せっかくペアチケットだったから」
「そうか」
「そうです。それとも何ですか、私とのデートは不満ですか」


む、と頬を膨らませた名字がすぐ真横の俺を見上げる。見られているのが分かっていても、俺は彼女と目を合わせることが出来なかった。


「そ、そんなこと……ない」


デートという単語に、顔が熱くなってくる。館内が暗くて良かったとか、名字はコレをデートだと思っているのかとか、色んなことを頭の中でぐるぐる考えているうちに、上映が始まる時間になったらしい。……正直助かった。





「面白かったね」


映画を観終えると、他に寄り道などせずに二人並んで帰り道を歩いていた。
名字はいつもより上機嫌な様子で、俺に感想を求めたり、自分の気に入ったシーンを力説したりした。普段からどちらかというとクールな印象だった彼女がこんなに楽しそうにしているのを見て、自然と口元が緩む。新しい発見だ。

俺がくつくつと笑っているのを見つけた名字は、一瞬怪しむような視線を向けてきたが、すぐに前へ向き直った。


「あーあ。帰ったら明日のテスト勉強しないと」
「……どうせ余裕なんだろ」
「お互いにでしょ」


まあ確かに、俺も彼女も成績に関しては真面目で、前日になっても焦らないくらいには余裕があった。だからこそ、映画を観に来れたわけだが。


「今日は……付き合ってくれてありがとう」
「俺も、タダで良い映画を観れた」
「……また行こうよ」
「そうだな」


じゃあ私こっちだから、と言った彼女に軽く手を上げる。角を曲がる背中を見送り、一人になると、ついさっきまで歩いていた道路が途端に広く感じられた。



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