夏の日和と人ごころ | ナノ
優勝候補
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試合前に用を済ませ、洗った手をしっかりとハンカチで拭ってから女子トイレを出た。さて、チームの更衣室へ戻るかと踵を返したところで、すれ違った翔陽の選手たちを横目に見る。背番号6ということは、今の彼は翔陽のスタメンかもしれない。


それにしても、今年の翔陽は大きいな……


曲がり角へ消えていく対戦相手をじっと眺めていた私。そのとき、すぐ後ろでバゴッ…!と大きな音がした。


「誰だ!?」
「……っ、」


トイレに駆け込んでくるならまだしも飛び出してくるとは何事かと、今しがた物凄い勢いで扉を開けた寿を凝視した。驚きで目を見開く私と、辺りをキョロキョロと見回していた彼の視線が交差する。


「ちっ……」
「……何に舌打ちしてるの」
「お、おう名前……さっき、男子トイレから出てきたやつ見なかったか?」


さっきというと、翔陽の人たちのことだろうか。6番のユニフォームだったと言えば、彼は悔しげに顔を歪め、曲がり角を睨みつけた。不思議に思ったけれど、時間的にもそろそろ戻らないといけない。行こっか、と寿を見上げると一瞬何か言いたそうにしていた。しかし結局何も言わずに、二人並んで更衣室に向かった。





「桜木君がんばって!!」


コートに入り、すぐさま届いた声援。名指しされた桜木と一緒に観客席を見上げると、最前列に桜木軍団の面々と晴子ちゃんがいた。


「ハルコさん!」
「こら桜木、みんなコートで待ってるよ」


途端に頬を染めた桜木の腰を叩いてすでに円陣を組んでいたメンバーの方へ追いやった。まったく、晴子ちゃんを見つけると周りが見えなくなるのは彼の悪いところだ。

小さく肩をすくめていると、上から「姉さん今日もイカしてるぜ…!」という声が聞こえてくる。彩子が姉御≠ナ自分が姉さん=B桜木軍団の子たちからそう呼ばれていることに気が付いたのは、つい最近のことだった。

なんとも返事をし難い呼ばれ方だったけれど、かといって無視するわけにもいかず、控えめに片手を挙げておいた。彼らが湘北バスケ部を救ってくれた恩人だということを、忘れてはいけない。



「翔陽と対戦したことはないけど……去年見た限りじゃわりと小さいチームでしたよね!」


スコアやタイマーを準備し、安西先生と並んでパイプ椅子に腰掛けると、同じく隣に座った彩子が身を乗り出して先生に問いかけた。


「うむ……スタメンは小さかったね。でも控えにはかなり大きい子が揃ってましたよ。そうですね?名前君」
「ええ。さっきも廊下で見かけました。簡単には……勝たせてくれないでしょうね」


私がそう言うと同時に、歓声で会場が沸いた。

盛り上がる翔陽スタンドを横目に相手コートを見据えると、そこにはずらりと並ぶ翔陽の選手たち。その中で、上背こそ目立たないものの確かな実力を備えた一人を真っ直ぐに見つめた。

去年見た彼のプレーは未だ鮮明に記憶に残っていた。藤真健司、彼が今年の翔陽のキャプテンで、あの海南の牧君と並ぶチームの司令塔でもある。この試合はとにかく藤真を引きずり出すことにかかっている。試合前にそう話していた剛憲の言葉を思い出した私は、スコアを握る手に力を込めた。今までは無かった緊張のせいか、ドキドキと胸の音がうるさい。

それだけ翔陽というチームは強く、ここを乗り越えられなければ、目標である全国制覇になんてとても届きやしないのだ。


「スタートは赤木君、三井君、宮城君、流川君、……桜木君、の5人でいきます」
「!!」
「今日の相手は強いチームですが。君たちも強いチームですよ」


数分のアップを終えると、ベンチに戻ったメンバーに安西先生からスタメンが発表された。名前を呼ばれた桜木は一瞬肩を強張らせ、少し驚いた表情をしていた。いつも強気な言動をするくせに、こういうところは可愛いんだからと彩子と目配せしながら微笑む。


「さあ行っておいで」


安西先生の言葉にしっかりと頷き、整列に向かう選手たち。

ふと思い立った私は桜木に手を伸ばし、その手のひらをそっと握った。ポカンとする彼に「うまくいくおまじない」と言って、ニッと笑いかけた。すると、桜木は照れたような焦ったような様子で目を泳がせたけど、次の瞬間にはキリッとした表情が返ってきた。


「花道がスタメンだってよ!!」
「勝負を投げたか湘北……!?」


ワイワイと聞こえてくる声には思わず苦笑する。せっかく気合い十分だった桜木は噛みつかんばかりの勢いで客席を睨んだ。私はそんな彼の意識をもう一度自分の方へ向けさせる。


「……あのね、桜木。いつも通りじゃこの試合には勝てないよ。誰の力が欠けてもダメ。いい?先生が言ってたリバウンド……忘れないで」


そこまで言って、桜木の背をドンと押した。


「退場は許さないよ!」
「う、うす!!」


ようやく桜木を送り出すと、私たちのやり取りを見ていた剛憲と視線が合った。あえて彼に言うことは無いと思い、目を細めて笑みで返す。

湘北の応援が掻き消されんばかりに轟く翔陽の「花形!」という大声援の中。


「赤木勝てるぞ!!」
「赤木さんファイト……!!」


審判の手からボールが放たれ、いま神奈川ベスト4を決める闘いが始まった。



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