夏の日和と人ごころ | ナノ
意外な訪問者
( 36/38 )


試合の後。学校へ戻ってミーティングをし、明日に備えて早めに解散となった。

明日はいよいよ一つ目の関門、藤真率いる翔陽と対戦とあって、剛憲の目の色はいつもと違った。他のみんなにも言えたことだけど、やはり剛憲のそれは特別に見えた。



「名前さん……教えて欲しいことが、あるんすけど」
「?どうしたの、桜木」
「……その……」


皆が順に学校をあとにし、少しだけ部室の整理をしていた私もさあ帰るかと踵を返したところで、それを引き止めたのは桜木だった。珍しくしおらしい態度の後輩に首を傾げる。

何か言いづらそうに背中を丸めている桜木を見て、少し考えたあと私は彼を学校近くの公園へと連れてきた。彼が何か悩みでも抱えているなら、話を聞いてあげたい。この問題児が自分を頼ってくれることが嬉しかった。


「ゴリの家……知って、ますか」
「え……剛憲の家……?知ってるけど、でもどうして?」
「……ディフェンス、どうやったら退場にならねーのか、聞こうと思って」


とても悔しそうな顔。

たしかに今日の試合も、桜木の退場は早かった。レイアップは形になってきてるし、ボールハンドリングやドリブルでは初心者とは思えないほど安定している。それは間違いなく本人の努力のおかげで、私はもちろん、剛憲や安西先生だって認めているはず。

けれど、ことディフェンスに関しては。こればっかりは、練習と経験が必要になる。最初の頃と違って真面目に練習するようになった桜木だけど、どうしても、経験だけはまだまだ足りなかった。剛憲に聞いたとて、アドバイス出来ることは私と変わらないと思う。


「分かった。私が連れて行く」


それでも、自分でどうにかしたいともがく桜木を見ていると、あっさり頷いている自分がいた。







「あら……こんな時間にどなたかしら?」


ピンポーン、と来客を知らせるチャイムが鳴り、食事中だった母が玄関へと向かった。どうせ新聞の勧誘か何かだろうと気にも留めなかった俺は、ちょうど晴子によそってもらっていた飯を受け取り、それを食べながら頭の中では明日の翔陽戦のことばかりを考えていた。

少しして、パタパタとスリッパの音を立てて戻った母は、何故か機嫌良さそうに俺の方を見る。先ほどの来客と何か関係があるのか?と小首をかしげた俺に、ニンマリと笑みを向けた。


「剛憲にお客さんよ」
「……俺に?」
「んふふふ」
「……?」


とにかく早く出なさい、と楽しげな声に背中を押され、仕方なく玄関に足を伸ばした。そうしてドアの影から現れた人物に目を見開く。


「名前……?ど、どうした……」


思わず吃ってしまった。学校で別れたはずの彼女が何故自分の家にやって来たのか。しかし、すぐに落ち着きを取り戻す。

名前は「聞きたいことがあるんだって」と少し困り顔で笑うと、「ほら、出ておいで」と植木の方へ手招きをした。そこから周囲を伺うように出てきたのは、こちらも別れたはずの桜木だ。この時間まで二人でいたのか?と気にしている間に、名前は俺たちから一歩離れた。


「私は角のところにいるから……じゃあね、剛憲。また明日」


それだけ言って背を向けた名前。俺は残された桜木と互いに目を合わせ、聞きたいことは何だと視線で投げかける。だが、すぐに口を開こうとしない桜木。その珍しい様子に少し驚きながら、どうしたものかと腕を組む。


「あれからまだ家に帰ってないのか……飯ならやらんぞ?」
「い、いらねーよ!っあ、いや……そうじゃなくて」
「じゃあなんだ、ハッキリ言え」


冗談を言いながらも、桜木の言葉を待った。


「た……退場にならない為には……どうすればいいのか教えてくれ」


それを聞くためにわざわざ家まで来たのか。普段からこのくらい素直にものを聞いてくれれば、もう少し可愛いものだが。しかしいつもの無駄に元気な姿からはかけ離れていて、なんだか調子が狂う。


「たわけ」
「ぐっ」
「退場しないためのコツなどない。どんなに上手いやつでも退場することはある……いいか桜木。お前の嫌いなフットワークを、真面目にやるしかないんだ」


俺がそう言うと、苦虫を噛み潰したような表情をした桜木。こいつが地道な練習を嫌っているのは知っている。今それを言っても、明日の翔陽戦を前にしてはどうしようもないことも分かっている。


「ディフェンスでは、相手に抜かれないことを考えろ」


今日の試合のように、一発カットばかり狙っては相手に動きを読まれるし、なによりファウルも嵩む。そのことを指摘すると、桜木は理解したのかしていないのか、少なくともさっきまでとは違った顔をしていた。

いつも問題ばかり起こす手のかかる後輩だが。こいつなりに一生懸命なんだと分かって、口元が緩んだ。


「……おい桜木、あいつ……名前を、ちゃんと家まで送れよ」
「言われなくても!」
「任せたぞ」
「お……おう?」


本当なら自分で名前を送ってやりたかったが、彼女にはさっき「また明日」と言われてしまっていたので桜木に託した。

食卓に戻ると、母と晴子とが何かを期待したような顔を並べていた。あえてそれを無視して箸を掴むと、痺れを切らせた晴子がぐっと詰め寄ってくる。


「お兄ちゃん!名前さんが来てたんでしょう!?」
「……ああ」
「どうしてこんな時間にお兄ちゃんに会いに来たのっ」
「いや……まあ、なんだ、色々とな」
「教えてよう」


ぷく、と頬を膨らます晴子には悪いが、結局俺に用があったのは名前ではなく桜木で。だからとくに話すこともないのだ、と説明すれば済む話だが。面倒だと思った俺は特に何も言うことはなかった。

どんな答えを期待していたのか、「つまらないわ」と残念そうにしている妹を横目に、聞こえないようにそっと溜め息をついた。



PREVNEXT


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -