夏の日和と人ごころ | ナノ
苦手と戸惑い
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「なあ、名前……何で赤木と木暮は名前呼びなんだ?」


試合会場へ向かう電車の中、たまたま隣に立っていた三井がぼそりと呟いた。それまでは彼の膝の調子だとか、今日の対戦相手である津久武の話をしていたのだけれど。


「何でって言われても……友達だし……仲間だし?」
「……じゃあ、俺のことも名前で呼べよ」
「三井を?」


急に何を言い出すのかと、疑うように彼を見上げた。目が合った三井は、吊り革の上にある棒を掴みながら、じっと私を見下ろしている。


「……どうして名前呼びがいいの?」
「そ、れは……」


僅かに首を傾げてそう聞けば、三井は何故か目元を赤くして視線をそらした。その様子がなんだか可笑しくて、少し意地悪をしてやろうという気持ちになった。


「今日の試合で活躍したら考えてあげる」


そう言って私が微笑むと三井は分かりやすいほど機嫌をよくし、「約束だからな」と口角を上げた。てっきり三井はもっと扱いづらいというか、気難しいタイプかと思っていただけに、復帰してからのこういうやり取りがすごくこそばゆく感じた。







「名前さん」


まだ試合まで時間があったので今のうちにと手洗いに行った帰り、階段途中ですれ違った集団の中から声をかけられた。

一体誰だと顔を上げれば、見覚えのあるジャージ姿の男たちがいて。その中でも一際目立つ人物が真っ直ぐにこちらを見ている。思わず「げ」と口にしてしまいそうになったのを、なんとか喉元でとどめた。


「仙、道……」


陵南もこの会場にいたのかと驚いている私に構わず、彼はすばやく距離を縮めてきた。反射的に後ろへ仰け反り数歩下がると、すぐに背中が壁についた。


「…………」
「会えて嬉しい」
「ああ、うん……そうだね」
「……そんなに警戒されると傷付くなぁ」
「いやだって、仙道、近いから……」


にこにこと笑顔を向けられ、私はそれを両手でガードする。周囲に人影はないけれど、この状況を見られたら変な誤解をされるのではないかと内心焦っていた。いつも助けてくれる剛憲や公延はいないし。


「……前から思ってたんだけど」


どうやってここから離れようかと考えていた私に、仙道が切り出す。


「名前さんて、ストレートに言い寄られるの、苦手でしょ?」
「え、……」
「その様子だと当たりだ」


そう言って目を細める仙道を凝視した。「苦手というより……押しに弱い、かな?」とさらに指摘されて、自分の肩が一瞬強張ったのを感じる。

いつもはのらりくらりとしているくせに、彼はよく人を見てる。まるで心の中を読まれているみたいだった。


「たしかに、苦手……だよ。というか、君みたいに……」
「俺みたいに?」
「その、好意を持ってくれてる人が苦手なの」


前に公延が言っていた。仙道の考えてることは、単純なのだと。その言葉を信じるなら、彼がいつも言い寄ってくるのは、きっと私に好意を持っているから、なのだろう。実際に何度も好きだと言われている訳だし。


そっと仙道を見上げると、いつものヘラヘラした笑顔があるのかと思いきや、口元は笑っているけれどどこか真剣な表情で見下ろされていて。


「んー、それは困るな」
「でも……応えられないから」
「それでも俺は諦めないけどね」
「……私の、どこを気に入ったの?……見た目?」


こんなことを聞くなんて自意識過剰だなと自覚はしつつも、ずっと前から気になっていたことを聞いてしまった。


これで呆れてくれたら、それはそれでいいんだけど……。


でも仙道は、呆れるでもなく、「うーん」と呟きながら私の隣で私と同じように壁にもたれかかった。


「最初はね。もちろん名前さんは美人だし、そこも好きだよ。けどそれよりも、名前さんって強いっていうかさ」
「……?」
「誰にでもいい顔しないところとか。振り向かせたいって思っちゃったんだよな」
「っ……」


「おい仙道!」


少し離れたところから、仙道を呼ぶ声がした。眉を下げて残念そうな顔をすると、「越野が呼んでるから行くね」と笑い、さらりと私の髪に触れた。

あまりにストレートな言葉に何も言い返すことが出来なかった私は、彼の言う通り、押しに弱いんだと思う。今までそんなつもりは無かったけれど。仙道に、気付かされてしまった。



「……何で、こんな話、してたんだっけ」


ずっと苦手だった。好意を持たれても面倒なだけだと思っていたのに。彼が私の見た目で言い寄ってくるわけじゃないと分かって、ただそれだけのことで、仙道が前より苦手じゃなくなったかもしれない、だなんて。


結局、私も単純なんだよね……。







仙道と話したことで波立っていた心は、試合までには何とか治っていた。今は何よりも目の前の試合だ、と気合を入れていた私を、彩子や公延は少し不思議そうな顔で見ていた。

そうして迎えた4回戦、古豪・津久武に111対79で勝利した湘北は、ついに決勝リーグ進出をかけて翔陽と対戦することになった。


「これでベスト8ですよね!!」
「そうよ」
「つええ〜〜!」


盛り上がる1年生たちと、同じく喜びに満ちた彩子の会話を隣で聞きながら、私も頬が緩みっぱなしだった。


「俺……結構、活躍しただろ?」


整列を終え、湘北がベンチから引き上げる時。

頭にタオルを被った三井がわざわざ私のところへ来てそう言うので、今朝の約束を覚えていた私は「お疲れさま……寿」と、内心少し照れながらその名を口にした。

自分から頼んだ癖に、私が名前で呼ぶと、今朝と同じように目をそらした。そっちまで照れないでよ、という気持ちを込めて横から肘で押した。

観客席からは、相変わらず真っ直ぐな視線を感じていたけれど。……仙道のことは、しばらく考えないでおこうと、握る手に力を込めた。



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