夏の日和と人ごころ | ナノ
王者とその後輩たち
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鳴り響いたのは試合終了の笛と歓声。


「また100点ゲームだっ!」
「湘北……マジで強いぞ」


この日、高畑高校に103対59の100点ゲームで快勝すると、ますます湘北への注目度は増した。

剛憲ひとりを抑えればいいという去年までの評価は完全に覆り、彼だけじゃなくルーキーの流川やその他のメンバーの実力も認められつつあった。圧倒的な試合内容にチームのモチベーションは高く、このままトントン拍子に決勝リーグへ向かってしまいそうな気さえした。


「ロビーに行ってるからね」


早々に荷物をまとめて帰り支度をした私は、まだ部員たちが着替えている横を通り過ぎ、先に更衣室を後にする。

ひとつ勝つごとにチームの士気が上がり、1年生も2年生も勝利の余韻に浸って会話に熱が篭っていた。その嬉しそうな顔を見ると、マネージャーとしてもこの上なく嬉しかった。





ロビーはいろんな学校の選手や応援の人たちで溢れていた。涙するチームもあれば、うちと同じように勝利に浸るチームもある。それらを眺めながら少しぼんやりとしていた私の背中にドン、と何かがぶつかった。鼻先を掠めたのは、微かな整髪料の匂い。


「っ、!」
「……悪い!怪我はないか?」


きっとそんなに強くはぶつかっていないのに、私はすぐそばにあった壁まで飛ばされてしまう。とくに痛みは無かったものの、体格の差かよろけたのは私だけのようだった。

なんてフィジカルの強い人なんだろう、と感心しながら相手を見上げると、はっきりとした目鼻立ちの顔が私を見下ろしている。


「あ、……牧君」
「おっと、名字だったのか。すまん、よそ見してた」


私の名を呼んだ彼とはこの数年で顔見知りになっていて。有名な選手だからもちろん私は1年の頃から知っていたけれど……初めて牧君と話したキッカケは何だったか。今みたいに偶然ぶつかったとかそんなだと思うんだけど。


相変わらず……高校生っぽくないというか、大人っぽいというか……


彼の振る舞いや風格はそこらの同い年とはまるで違う。見た目だけでいうと剛憲もその節はあるけどやっぱり牧君は別格だとしみじみ思う。

そういえば牧君は未だ心配そうに私を見ていて。大丈夫だと私が口にしようとしたのだけれど、その前にずい、と誰かが私と牧君の間に割り込んできた。


「えっ……えーっ!!牧さん、この人と知り合いなんすか!?」


突然の大きな声に驚いて目を見開く。そんな私とは違って落ち着き払っていた牧くんは、その海南の制服を着た長髪の男の子に軽く拳を振り下ろした。


ゴン


「!痛ぇ〜〜っ」
「いきなり大声を出す奴がいるか」
「すいません牧さん。俺がちょっと目を離した隙に……」


頭を押さえて項垂れる男の子の後ろからは、また別の男の子が現れた。この二人が先日、角野との試合の時にコートの端で座っていた二人だと気付くのに時間はかからなかった。


なんか、海南が集まってきちゃった……


牧君が苦笑しながら教えてくれた「清田」という名前の1年生。そして清田の耳を抓る神。「牧さんの邪魔しちゃ駄目だろ」と注意しているところを見ると、彼がこのやんちゃそうな後輩のお目付役といったところか。



「ところで名字……どうなんだ?湘北の調子は」
「まあ見ての通り、かな」
「決勝リーグまで来るか?」
「もちろん。うちはそのつもりだよ」
「……ほう、そりゃ見ものだ」


と、笑みを浮かべる。その表情からは王者ゆえの余裕が読み取れた。だからといって彼は慢心しているわけではなくて、その内に秘めた闘志は、私が初めてバスケをしている牧君を見た時から変わることはない。


「あ、あの……名字さん!」
「……はい?」
「俺、流川には負けねえっすよ」
「流川に……?」


グッと拳を握って詰め寄ってくる清田。その勢いに少し後ずさりながら、流川のあの無愛想な顔を思い浮かべる。

清田の口振りだと、二人は知り合いのようだ。もしかしたら中学で対戦していたのかもと疑問に思っていると、「あいつには中学からの因縁があって……」と彼が続けたので、やっぱりそうかと納得した。


たぶん、流川はそういうの覚えてないと思うけど……


やる気に満ちた清田を前にしていると、なんとなく赤髪の後輩を思い出す。というより、この清田という1年と桜木はとても似ていた。流川をライバル視しているところとか、強気なところとか……あとは、直ぐに調子に乗りそうなところとか。そう考えると、敵であるはずのこの後輩が途端に可愛く思えてきて、自分でも知らぬ間に頬が緩んだ。


「……じゃあ、気合い入れとくように、流川に言っとくね」


そう言いながらクスクス笑うと、それを見た清田はポッと頬を染めた。


「……信長、なに顔赤くしてんの」
「だっ、だって神さん……!」
「ほらもう行くよ」


呆れた視線で清田を見下ろしていた神は、私と目が合うとにっこりと爽やかな笑みで会釈をした。「俺も、湘北とやるの楽しみにしてますよ」とだけ言って、そのまま清田を連れて行く。


……神宗一郎……読めない子。


その笑顔の裏に底知れない強さみたいなのが垣間見え、海南との試合はどう転んでも簡単にはいかなそうだなぁ、と喉を鳴らした。


「それじゃあ、俺も……」
「名前先輩!」
「あ、彩子」


残った牧君が最後に何か言おうとしたところで、大きく手を振りながら彩子が駆けてきた。彼を見上げると、右手で首裏をなぞり、少し困ったように笑った。そしてそのまま片手を上げ背を向ける。「またな」という意味を汲み取り、私は目を細めて見送った。


「海南の牧じゃないすか!……え、もしかして知り合い?」
「というか、顔見知り程度だけどね」
「それにしては向こうの表情が……」


何か期待するような笑みの彩子。この子はすぐに面白がるところがあるから困る。ま、そういうところも含めて、彼女のことは好きなのだけれど。


「……それより何かあった?」
「いや、名前先輩がいないからって他の先輩たちが心配してて。とくに三井先輩がうるさいんですよ!」
「ありゃ、ごめんね」
「もう学校に戻るって言ってました」
「うん。行こうか」


わざわざ探させてしまったことを申し訳なく思いつつ、ぽん、と彩子の肩へ手を添える。さっきまで海南の人たちと話していたのもあって、なんだか少し疲れてしまった。

みんなの元へ戻ると、彩子が言っていた通り、剛憲や公延には溜息をつかれ、三井には「どこに行ってた」とか「勝手にいなくなるな」とか、よく分からないけれど色々と注意されてしまった。

それらに適当に返事をしながら、やっぱり湘北が一番落ち着く、と心が温かくなるのを改めて実感していた。



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