夏の日和と人ごころ | ナノ
ふたりの偵察
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ズンズンと先頭を切る剛憲に続く湘北メンバー。桜木のすぐ後ろを歩いていた私は高身長な彼らに囲われてるような状態で試合会場の廊下を歩いていた。


「で……でけえっ!赤木って近くで見るとほんとでけえな!」
「あっ、1年の流川君よ……!かっこいい!」
「湘北ってなんかおっかなそーな奴ばっかだな……」


湘北が三浦台に大差で勝ったことで、周囲からの注目度がぐんと上がっていた。剛憲の大きさに驚く人、流川の姿を見て黄色い声を響かせる女の子、三井や宮城の人相を恐れる人。

好き勝手に色々言ってくるのをいちいち気にしてはいられない。相手にするだけ時間の無駄だ、と思いつつ聞き流していたのだけれど。


「おっ!あいつだあの赤い髪!あれが相手の頭にダンクかました奴!!」
「ぷっくくく」
「なにあの頭!あれも部員!?」


どこからか、桜木のことでヒソヒソと笑う声が聞こえてきて、私は考える間も無くそちらを睨みつけていた。後輩が笑われてるのを放っては置けなかったから。


「マネージャーが2人もいるなんて羨ましいよな」「どっちも可愛くねえか!?」
「俺、いま目が合った!!」
「彼氏いるのかな……?」


咎めるつもりで送った視線だったのに、知らない男子たちから逆に期待のこもった目で見られてしまう。居心地の悪いそれに、私はささっと三井の背中に隠れてその場をやり過ごそうとした。


「なんだよ、名前」
「ちょっと……こうしてて」
「……?」


目つきの悪い三井のおかげで、じろじろと私に向けられていた視線は感じなくなった。

後ろにひっついて歩く私を不思議そうに振り返りながら、何故か口元が緩んでいる三井。器用な表情をするんだね、とは言わずにそのままの状態で廊下を抜けた。


「そういえば、名前……」


さっきは気にしなかったけれど、最近まで私のことを名字と呼んでいた三井に名前で呼ばれたことを、あとで思い出した。助けてもらったし、そもそもチームメイトなんだから問題ないけれど。

公延と談笑していた三井を見る。


「……ま、いいか」


目が合った三井がニッと嬉しそうに笑ったので、もうどうでもよくなって考えるのをやめた。普段が普段だけに、不覚にも三井の笑った顔が可愛いだなんて思ってしまった。







試合直前の数分間のアップを終えた湘北の選手たちが、ベンチに戻ってくる。それを眺めながら、ふとコートの端に現れた人物たちに目がとまった。


「あれって……マナー的にどうなの?」
「なにがっすか?」
「ほらあのゴール横に座った子たち。危ないというか……邪魔じゃない?」


そう言ってエンドラインを指差す。

「たまにいますけどね、あそこで見学する人」と彩子は特に気にしていない様子だったので、そういうものかと無理やり自分を納得させた。


あ、よく見たらあの子……海南の神だ。


どうも見覚えのある顔だと思ったら、座り込んだ二人のうちの一人は海南のスタメンだった。神宗一郎、まだ2年とはいえ今年はかなり注目されている選手だ。彼の隣にいる髪の長い子も海南の制服を着ていた。見たことない顔だから、1年生だろうか。

いくら湘北が注目されはじめたといっても、常勝海南がうちの2回戦を観にくるなんて。偵察なのだろうか。それにしては堂々としすぎている。


……まあ、悪い気はしないけどね。


自然と緩む頬を自覚しながら、海南の二人から手元のスコアへと意識を戻す。そんな私をあとからじっと見つめていたふたつの視線には気が付かないまま、コートで試合開始の笛が吹かれた。






「強ええっ……!湘北は本物だ!!」


角野との試合は160対24と大差で危なげない勝利をおさめ、会場は大いに沸いた。その中であちこちから湘北への歓声が聞こえてきて、満更でもない様子の湘北メンバー。とくに3年生組のそれは顕著だった。もちろん私も。


……今年の湘北が今までと違うことを知ってもらわなくちゃ。


ベンチから引き上げ、控え室へ移動する湘北。

圧倒的な勝利にみんなが喜ぶ中、ふと顔を上げると、ひとり明らかにシュン、と背を丸める後輩がいた。


「桜木花道!経験よ経験、経験をつむうちにだんだんわかってくるもんよ」
「…………」
「そうだぞ桜木」


今日も早々に5ファウルで退場していた桜木。その落ちこみぶりは半端じゃなかった。

彩子と公延がフォローする傍らで、どうしたものかと私も首をかしげる。「頑張れ」としか言ってあげられない事に不甲斐なさを感じた。


「……それっぽくなってきてるんだけどなぁ」


彼がバスケットを始めて、まだたったのひと月ちょっと。失敗して当たり前、ファウルだって積極的に動いた結果だ。落ち込む時間がもったいない。

桜木の成長スピードは、私だけじゃなくて湘北の誰もが驚くほど。それは剛憲だって同じように感じてるはずで、口にはしないが彼も心の中では桜木をどうにかしてやりたいと思ってるに違いないから。

ひとまず私は見守っていようと決めて、肩にかけていた荷物を抱え直した。



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