夏の日和と人ごころ | ナノ
5月19日
( 32/38 )


その日、目覚ましよりも早く目覚めた私は、珍しく先に起きて朝食を作ってくれていた父に目を丸めて、一拍を置いてから朝の挨拶をした。


「おはよう、名前。今日から県予選って言ってたっけ?」
「うん。三浦台ってとこと戦う」
「観に行きたかったなぁ」
「仕事じゃしょうがないよ」


ちぇー、とワザと子供っぽく振る舞う父に苦笑を返して、それから母の写真が飾ってある仏壇に手を合わせた。「応援しててね」と心の中で話しかけて、ゆっくりと朝食の席に着いた。






「それじゃ湘北高校対、三浦台高校の試合を始めます!!」


ところどころ歓声が飛び交う体育館で、湘北の緒戦が始まった。スコアを担当してくれる彩子の隣に座って、ジャンプボールの瞬間を見つめる。ゲームの開始と同時に手元のストップウォッチをスタートさせると、背後の観客席からは聞き覚えのある大阪弁が耳に届いた。


「始まったで!!要チェックや!!!」


「陵南……」
「勢揃いっすね」


彦一の声に振り向くと、魚住君をはじめ陵南のメンバーがずらりと並んで試合を観戦していた。しかも最前列なので、かなりの迫力を感じる。予想通りこちらに手を振っていた仙道を一瞥して彩子と肩を竦め、すぐに試合に意識を戻した。


「さあ1本行こう!!」


まずは剛憲がジャンプボールをしっかりとモノにし、そのボールを公延がキープした。


緊張は……なさそうだね。


落ち着いて指示を出す公延の様子に、自然と頬が緩んだ。私たち3年にとっては全国への最初の試合であり、逆に負ければ最後になる試合だ。変な気負いとかしてないだろうかと少し心配だったけど……余計だったかな。

けれどそう思ったのもつかの間、湘北はなかなかシュートを決められずかなりパスミスが目立っていた。剛憲と公延に比べて2年生たちの動きが悪すぎる。彼らが緒戦の雰囲気にのまれてしまっているのは目に見えて分かった。


「切り替えはやく!」
「スクリーンアウトしっかり!」


三浦台が連続して得点すると、相手ベンチは大いに盛り上がった。逆に湘北の選手たちは流れを掴めず、キレの悪い動きにとうとう桜木が苛立ちはじめた。


「おいオヤジ!また俺を使わねー気か!?そろそろ出してくれてもいいだろ!!」


またこの子はなんて口のきき方なの、と呆れて溜め息が出る。安西先生の肩にまわされた桜木の手を反対側から軽く抓った。手をさすりながら「ゴメンナサイ!」とすぐに腕を引っ込めた桜木。私の言うことを素直に聞くところは可愛いけれど。もうちょっと先生を敬えないものか。


「君たちはケンカしたからおしおきです」
「な……!オヤジが怒ってるぅっ」


ベンチに並んだ桜木、流川、宮城、三井の4人がなんとも言えない顔で息を飲んだ。

県予選の緒戦でありながら、安西先生はスタメンをベストメンバーにはしなかった。その理由は言われなくても誰もが分かっている。

先日の騒動が桜木軍団のおかげで何とか治まったとはいえ、ベンチに座る4人が暴力を振るったのは事実。流川でさえベンチスタートの理由がそのお咎めなのだと言われれば、これには黙って従うしかなかった。


「なんとかしろミッチー!もとはと言えばてめーが!!」
「この無礼者!!安西先生にむかってオヤジだと!?」


桜木がギャーギャーと三井に詰め寄ると、三井は「誰がミッチーだ!」と鬼の形相をしながら、彼の恩人である安西先生への態度について桜木に反論した。

その様子を見ていた宮城は「おめーはどっちにしろベンチじゃねーか」と桜木を指差した。すかさず桜木が怒鳴り声をあげると、彼らの隣で「……ハァ」と息を吐き出す流川。


「どあほうが3人に……」
「ぬ!!てめえが最初に手出したくせに、この短気者!」
「えらそーに!」
「先輩にむかってどあほうだと!?」


流川の呟きに顔を赤くした"どあほう"3人がムキになって流川を取り囲み、それぞれが怒りをあらわにした。

試合中だというのに、そのあまりの喧しさにストップウォッチを握る手に力が入る。まったくこの子たちは本当に反省してるのだろうかと私までイライラしてきたところで、代わりに彩子がこの場を収めてくれた。


「いい加減にしなさい!ケンカしてる場合じゃないわよあんたたち!!」


彩子の一喝でようやく落ち着いた湘北ベンチだったけれど、コートでは、いつの間にか三浦台に10点以上離されてしまっていた。




「コラァ赤木なにやってんだーッ!」
「そんなブタにてこずるなよ!」
「流川を出せー!!」


三浦台のキャプテンがシュートを決めて調子に乗り「俺たちは陵南ごときとは違うぜ!」と発言したことで、観客席にいた陵南の部員たちからのブーイングは凄まじかった。

応援は嬉しいけれど、出来たらもう少し静かにして欲しいと心の中で思いながら、ディフェンスに囲まれている剛憲に視線を向ける。


「君たち、反省してるかね?もうケンカは……しないかね?」


流石に何か手を打たないと、点差は開くばかり。安西先生もここは動かざるを得ないといった様子だった。


「ハッハッハッ オヤジ!しねーよケンカなんか、この平和主義者桜木!」
「しません!」
「たぶん……」
「もう二度と」


桜木はさて置き、流川は少し曖昧に。宮城はハッキリと返事をして、三井は誰よりも神妙な顔つきで言い切った。

先生はそれらを聞いて満足げに頷き、すぐに交代を指示した。


「メンバーチェンジ湘北!!」


剛憲を残して4人が交代すると、湘北の怒涛のごとき反撃が始まった。剛憲の片手ダンクがゴールを揺らすと、今度は宮城のテクニックが光るビハインドパスから三井の鮮やかなスリーポイントが決まった。

しかしこの日、誰よりも注目を浴びたのは……


「見たかよ今の!すげー!」
「なんだあの11番は!?」
「流川だ、富中の流川!」
「またダンク決めたぞ……!」


流川のプレーに会場中が釘付けになっていた。そうして後半5分を切った頃、湘北はすでに三浦台を圧倒していた。

流川を始め、皆が活躍しチームに貢献していた。そんな中、ただひとりファウルを重ねイライラした様子でプレーしている赤髪。その思いをぶつけるかのように炸裂させた渾身のスラムダンクが三浦台のキャプテンの脳天に直撃すると、審判は容赦なく桜木に「退場」を言い渡した。


「あらら……」


痛そう、と他人事のように呟いた私は、5ファウルで肩を落とす桜木にタオルを渡してその背をそっと撫でた。公式戦デビューは少し苦いものになってしまったけれど、彼なりに頑張っていたのはちゃんと知ってるから。


「さ、次だよ次」


114対51で湘北は2回戦進出を決めた。そのまずまずの記録に剛憲と公延が拳をつき合わせていたのを、私は笑みを浮かべながら見ていた。


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