夏の日和と人ごころ | ナノ
混じり気なしの本音と涙
( 29/38 )


「俺たちの学年でバスケをしていて、武石中の三井 寿を知らない奴はいなかったよ……」


木暮の言葉に「うそ……!」と声を重ねた桜木と流川と宮城。俺は黙ってそれを聞きながら、本当だ、と内心呟く。今も記憶に残る三井のプレーを鮮明に思い浮かべていると、急に、俺や木暮がバスケ部に入部したばかりの頃に戻ったような感覚がした。


「やめろ木暮……っ」


話すのをやめさせようとする三井に構うことなく続ける木暮は、一度ちらっと俺を見た。それに小さく頷くと、かつての俺たち三人の出会いを、部員や他の奴らに聞かせた。




「目標は湘北高校全国制覇!日本一です!」


あの頃の三井が宣言したそれは、中学の頃から口癖だった俺の目標と同じだった。だが実際に中学でMVPになり全中出場をした三井の口から聞くと、それが口先だけの軽いものじゃないことが十分に伝わってきた。

湘北を強くしたいという気持ち、安西先生を尊敬する気持ち、誰にも負けたくないと思う気持ち。……俺たちは張り合ってライバル視していたが、それで良かった。むしろそうしてお互いに高め合い、全国制覇を目指して高校の3年間をバスケに打ち込むのだと、その時は思っていた。


「試合の途中で……三井は膝を故障したんだ」


三井が、ぎゅ、と拳を握りしめたのが分かった。身体が僅かに震えている。あの時のことを思い出すと今でも苦しくなるのか?と疑問に思っても、俺は口を挟まなかった。まだ木暮の話は終わっていない。


「県予選が近づいて、入院していた三井は練習に顔を出した。みんなに混ざることは出来なかったけど、ハンドリングとか、足に負担がかからないようにしながら……バスケがしたくて堪らないって顔で見学してたよ」


あの頃の三井は、俺や木暮、他のメンバーをどんな気持ちで見ていたのだろうか。もし逆の立場だったらと思うと、その気持ちが分からない訳じゃなかった。

そうして逸る気持ちを抑えられず無理に復帰した三井は、すぐに怪我を再発させてしまった。


「もう足は治ったのか」
「…………」


俯く三井に聞いても、返事は返ってこない。

予選の第1試合。あとから木暮に聞いたことだが、俺がスタメンでデビューしたその試合を三井は見に来ていたらしい。しかしそれ以降バスケ部に顔を出さなくなり、二度と体育館に戻ってくることは無かった。


「木暮……べらべら喋りやがって」
「でも本当のことだろ」


そんなことがあったのか、と呟く周囲の声からは同情の気持ちが含まれているようにも聞こえた。

三井がバスケ部を憎んだり、宮城に執拗に絡む理由は……元を辿れば、バスケへの憧れからだ。三井の表情を見ていたら自然とそう思えた。


「三っちゃん本当は、バスケ部に戻りたいんじゃ……」
「!!」


ドゴッ、


三井が、自分に近づく堀田の腹を容赦なく殴った。これ以上はやめろと言って駆け寄った木暮も「うるせえっ」と言って片手で振り払う。


「公延……っ!」
「コラァ女男!!てめー、この期に及んで……むぐ、!」


木暮を支えた名前を横目で見てから、飛び出そうとした桜木を無理やり止めた。今コイツが動くとややこしくなるからだ。


「三井……足は……もう治ったんだろ?だったら、だったらまた一緒に、やろうよ……!」


ドンッ


今度は木暮を思いきり突き飛ばした三井。


「バカだろ!?何が一緒にだよバァカ!バスケなんて……俺にとっちゃ思い出でしかねーんだよ!!ここに来たのだって、宮城や桜木を……バスケ部をぶっ潰しに来ただけだ!それをいつまでも昔のことをっ……、バスケなんて単なるクラブ活動じゃねーか!!つまんなくなったから辞めたんだ!それが悪いかよ!?」


勢いのままぶち撒けられたそれが、本心じゃないことくらい分かっている。まるで子供の癇癪のようなそれに、倒されていた木暮が立ち上がって三井の胸ぐらを掴んだ。


「お前は根性なしだ三井。ただの根性なしじゃないか……!それなのに、何が全国制覇だ!夢見させるようなこと言うなっ!!!」


責めるような、泣くのを我慢してるような、木暮の叫びが静まり返った体育館に響いた。誰も何も言わない中、三井は目を見開いて木暮を凝視していた。そして眉間を寄せ「昔のことだ、もう関係ねえ!」と苦しげに吐き出す。


「三井サン」
「……宮城」
「いちばん過去にこだわってんのは、アンタだろ」


宮城が放った核心をつく言葉に、三井は何も言い返せない。


ゴンゴン、ゴンゴン……


「私だ、開けて下さい」


沈黙の中、叩かれたドアから聞こえた声は、三井にとって特別な人のものだった。すかさず彩子が向かい、迷いなく扉を開けた。


「……、安西先生…………」


先生の姿を見た瞬間、三井の目からは涙が溢れ、その場に崩れ落ちた。いくら姿や性格が変わっていても安西先生を呼ぶ声だけはあの頃のままなんだな、と思えた。


「バスケがしたいです…………」



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