夏の日和と人ごころ | ナノ
正義の味方
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「いいかげんにしろ、女男」
「……っ、!」


三井を殴り飛ばしたのは、桜木だった。けれど、桜木自身もすぐに鉄男によって投げ飛ばされてしまう。ドゴォッ、というものすごい音をたててドアに激突した桜木の額からはかなりの血が流れていた。

すでに宮城は意識朦朧としており、安田や角田も怪我の痛みで動けずにいる。私は意識を失ったままの流川を介抱するため、側に膝をついた。とりあえず頭の傷口は血で固まっていたので、心配する必要はなさそうだった。



「てめーの負けだ、桜木」


いつの間にか、桜木ひとりを取り囲むように、鉄男や三井を合わせた4人が相対していた。


こんなの、いくら桜木でもまずいって……


助けたい。どうにかしたい。でも、力では絶対に勝てないことくらい分かってる。潮崎を庇ったときは殆ど無意識の行動だったけど、今はきっと足手まといになってしまうから。


……はやく来てよ剛憲……!!


まだここにいない人物のことを強く想った。「死ねやあ!」と誰かが叫んだのと同時にギュッと目を瞑る。どうしよう、桜木が。誰か助けて……桜木を、バスケ部を、助けて。


「はいやーっ!!!」


「なんだ!?」
「高宮……!」


突然の奇声に、ばっ と顔を上げた私。ギャラリーからロープを使って登場したのは、確か桜木の仲間の……


ドスンッ!

「ぐおっ」
「!!……しまった、失敗した」
「おい早く降りろ!」


桜木の上に着地してしまった高宮と呼ばれる生徒は、桜木に怒られのっそりとそこを退いた。それを笑う声があと数人分聞こえたかと思えば、「正義の味方参上!」というセリフと共に次々とギャラリーから飛び降りてきた男たち。さっきの高宮と同じようにロープを使い、こちらは見事不良たちを弾き飛ばして着地をする。


「いくぞォ!!」


それぞれが殴り合いを始めた頃には、体育館のドアが外から何度も叩かれ「何をしてるバスケ部!!ここを開けんかっ」という教師の声が聞こえていた。
もちろん開けるわけにはいかなくて、私たちはただ喧嘩を見守るしかなかった。


「……名字、先輩?」
「あ……起きたんだね流川」
「……今どーなってんすか」


私の足元で目を覚ました流川が無理やり上半身を起こした。そればかりか戦っている桜木たちを見て「俺もやる」などと言うので、流石にやめさせようと彼の肩を押さえた。


「動かないで。とんでもない血の量だから、これ」
「たいしたことねー」
「……見栄っ張り」


こんな状況でどこまでもマイペースな流川に関心するやら呆れるやら。それでも、やっぱり加勢することは許さなかった。





「もうバスケ部には関わらないと言え」


桜木軍団の一人が三井の胸ぐらを掴んで言い放った。どれだけ一方的に殴られても、ボロボロになっても、三井は一向に引き上げようとはしなかった。

宮城には十分、仕返しが出来たはず。それでもなおバスケ部への攻撃をやめない三井には、何か他に思うところがあるように見えた。


「この体育館には、二度と来ないと言え!」
「っ!!」


「……、もういいよ……」


二人の間に割って入り、「もういいだろ」と諭すように話しかけた公延を、三井は「どいてろっ!」と平手打ちした。乾いた音のあとに、カシャーンと眼鏡が落ちて滑る音がする。

それを拾った私の耳に届いたのは「大人になれよ、三井……!」という公延の声だった。その声音は、バスケ部を潰そうとする不良に対するものではなく、そう、たとえば昔からの友人に話すような、親しみの中に苦しさを含んだものだった。


「ひぃ、……こ、殺される!」
「冗談じゃねえ!そもそも俺たちゃ関係ねーんだ!!」
「逃げろっ」


強烈な一撃で鉄男を打ちのめした桜木を恐れ、
何人かの男が我先にとドアの方へ向かった。そこを開けられては困る。こんな血だらけのところを見られてしまえば、場合によっては試合出場停止どころか、本当に廃部になってしまうかもしれない。


開けちゃ駄目……!!


願いも虚しく開いてしまったドア。

しかしそこから逃げようとしていた男たちは、立ち塞がる人物に驚き、逆に中に押し込まれた。


「剛憲……っ」
「ゴリ!!」


剛憲の姿を見つけたとたん、不思議と今まで感じていた怖さが無くなっていく。肩の力が抜けた私は、手の中の眼鏡をそっと握り締めた。剛憲が来たからには、きっとなんとかしてくれる。

外で騒ぐ先生たちに適当に言い訳した剛憲は、続いて「俺の責任なんだ……」と俯いた宮城を「黙ってろ」と制した。


「赤木!もう、もう引き上げるから…!赤木、くん!!たのむっ……」


三井や他の仲間の状態を見て、必死に許しを請う堀田。そんな勝手な道理があるかと、怒りで噛み締めた奥歯がギリリと嫌な音をたてた。


冷ややかな視線で堀田を見た剛憲は、靴を脱げと言い放ち、その言葉に、土足のままだった男たちが慌てて靴を脱ぐ。そして……この騒動の主犯へと真っ直ぐ近付いた剛憲。


「三井……」


バチンッ


少しの戸惑いもなく三井の頬を叩く音だけが、体育館に響く。それは何度も繰り返された。



「名前さん……もしかして、知り合いなんすか」


三井に対する公延や剛憲の様子から疑問に思ったのか、私のそばまで来た桜木が聞いてきた。


「……」


私自身、三井をまったく知らないわけではなかったけれど、三井とあの二人の間に接点があるだなんて、聞いたこともなかった。だとしたら、私が転校してくる以前に何か繋がりがあったのかもしれない。

桜木だけじゃなく宮城や流川にまでこちらを見つめられ、どう答えようかと考えあぐんでいた私の肩に、ぽん、と優しい手が置かれる。


「三井は……」


沈黙の中で真実を語りだしたのは、複雑な表情を浮かべた公延だった。


「三井は……バスケ部なんだ」


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