夏の日和と人ごころ | ナノ
招かれざる客
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なんだか校舎の外が騒がしいなと思いながら、手元の資料をホチキスでまとめる。


「すまんな、名字」
「いえ、日直ですので。お手伝いも仕事のうちです」
「しかし部活があるんだろう?今年のバスケ部は期待されてると聞いたぞ」
「……ええ、主将の気合いも一入ですよ」


でもこれはこれ、です。と頼まれた雑用をこなす私を見て、社会科の先生はニコリと笑った。


「名字のようなマネージャーがいるならバスケ部は何も心配いらんな」


そんな風に言われ、先生には分からないように苦笑する。

先日バスケ部に戻ってきた宮城も含めてうちは問題児だらけだ。むしろ心配ごとばかりなんですとは言えないので、そのかわりに作業の手を早めた。

全て綺麗にまとめ終わった資料を先生に渡すと、感謝とともに送り出される。
さて、公延には遅れると伝えていたけれど、みんなはしっかり部活をしているだろうか。剛憲が課外授業でいない分、桜木が何かしたら私と彩子で止めなくちゃ。そう思うと、体育館へ向かう足取りが速くなった。






「とうとう手を出しやがったな!これでお前らも……ぐあっ」
「やめろ流川!よせっ!!」
「こいつらが悪い」


なに、これ……


着替えを済ませ体育館に顔を出すと、そこでは予想もしなかったことが起こっていた。

湘北の生徒が数人とあとは見知らぬ男たちが、土足でコートに立っている。桜木と宮城に抱えられた安田は鼻と口を血だらけにしているし、宮城も同じくらい怪我をしていた。


「コラァ!!バカがっ」


ドカ、と足を蹴られ振り向いた流川の頭からは顔の半分を赤く染めるほど血が流れていた。床に落ちている折れたモップについた血が、それで流川を殴ったのだと物語っていて、非現実的な光景にサーっと自分の血の気が引くのが分かった。


「いててててて!折れるっ 折れる!!」


流川に掴まれた腕の痛みで喚く男の声で、立ち竦んでいた体がハッと我に返った。


「離しなさい流川」


入り口に立つ私に気が付いた1年生たちが、名字先輩!と縋るような顔で私の名を呼んだ。


「もうっ お、お、折れるって!」


私の声が聞こえなかったのか、なおも男の腕に力を込める流川を、近くにいた彩子が制止した。


「やめるのよ流川!」
「アヤちゃん……」
「大変なことになるわよ」
「先輩、」

「くそ……もうなってるんだよ!」
「きゃ、」


ようやく手を離した流川に安堵したのもつかの間、逆上した男にバンッ、と殴られてしまった彩子を見て完全にキレた宮城は、そいつを押し倒し馬乗りになって何度も何度も殴りかかった。

「ぶっ殺してやるてめえ!!」と我を忘れる宮城を止めようと駆け寄った他の不良たち。しかし、それらを流川が返り討ちにした。


「彩子、見せて、……ちょっと腫れてる」
「私は大丈夫です。それより他の子たちを」
「そうね……」


すぐに立ち上がった彩子を公延に任せて、救急セットを持ったまま安田の傍に膝をつく。大変なことになった、と呟く公延の声を聞きながら、顔を伝う冷や汗を拭った。

一体なにがどうしてこんな事態になってるのか。そばにいた1年の桑田に説明を求めながら、安田の鼻血を綺麗にして切れている口元に絆創膏を貼った。



「……というわけらしい、っす」
「…………」


つまり。宮城に入院させられてそれを恨んでいた三井という男が、腹いせに不良グループを引き連れてバスケ部に仕返しをしに来たと。ついでに生意気な桜木や流川も痛い目に合わせてやると。


どんな理由があるのかと思ったら……


そんな実にくだらない理由なんかで私やみんなが大事にしているバスケ部を、なにより剛憲が大事にしているこのバスケ部を、潰そうとしているのか。


……三井って、どれだ。


桑田に聞いた長髪の男を振り返る。許さない、と怒りを込めて睨みつけたその男は、私の視線に気がついて、次の瞬間、とてもばつの悪い顔をした。そして、私はその男を知っていた。話したことさえあった。この人がこんな騒動を、と信じられない思いが心の中で渦巻く。


「うわあっ、」

ゴドッ!


誰かの悲鳴と何かが床に打ち付けられた鈍い音が聞こえて視線がそちらに移る。


「流川っ」


鉄男と呼ばれるひときわ大きな体をした男に地面へ叩きつけられた流川は気を失ったのか、そのまま起き上がる気配がなかった。唖然とする部員たちを見回して、「次……」と呟いた鉄男が、今度は目に止まった角田の顔面に容赦無く蹴りを入れる。


「うわ、やだなに?」
「どうしたの……?」
「……喧嘩?」


騒ぎ出した見学の女子たちの声に慌てた公延が、1年生にドアとカーテンの全てを閉めるように指示をした。


「急げ!」
「は、はいっ!!」


それが懸命だと私も思う。こうなった以上、部員が不良と殴り合う姿なんて教師に見られてしまっては、本当にバスケ部が潰されてしまう。

焦る私たちを他所にまたも「次」と呟いた鉄男の目に止まったのは、「ひっ…」と小さく悲鳴をあげた潮崎だった。


「やめろ!!てめえ関係ねーだろっ 逃げろ潮崎ぃ……!」


宮城にそう言われるも、恐怖で動けなくなった潮崎。そこに迫る鉄男。

その姿に私の心臓はこれでもかというほど激しく暴れ、これ以上やめて、と頭で考えた時にはもう、体が勝手に動きだしていた。


「……名前!危ないっ」
「名前さんっ」


公延や桜木の制止の声にも耳を貸さず、ずい、と潮崎の前に立った。背中に庇った潮崎が震える声で「離れて、ください」と私の腕を掴む。自分だって怖いくせに私を守ろうとする姿に「大丈夫だから」と口元を緩めた。そしてすぐに鉄男を睨み返す。


「部員に手を出すのはやめて」
「……なんだ、強気だな」


私を見下ろした鉄男は薄っすらと笑みを浮かべて、私の頭からつま先までを舐めるように見た。まるで品定めするようなそれには堪らず、眉間にしわを寄せる。


「いい加減にしなさいよ!何考えてんのあんたたち!!」
「出てくるなアヤちゃん……!」
「次はお前か?」
「……っ、」


私と同じように怒りの表情で鉄男に近付いた彩子は、彼のひと睨みでギク、と顔を強張らせた。


「いい女ばかりだな。どっちも俺の好みだ」
「なっ!」


鉄男の呟きに顔色を変えた宮城。「俺もだ」と続けた三井や他の男にも反応し、その場違いな発言に肩を震わせた。


「俺をやりたいなら俺に来い!勝負してやるっつーんだよ!あ?ビビってんのか三井!!」
「なんだと!?」


キレた三井が手を出す前に鉄男が宮城に殴りかかった。その拳を素早く避けて、逆に飛び蹴りを仕掛けた宮城だったけれど。

後ろから加勢しようとモップを掴んだ三井には気付いていなかった。


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