夏の日和と人ごころ | ナノ
おかえり兄弟
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部室に入ると、開口一番に宮城の名を出したのは角田だった。


「宮城が来てるのか!?」
「いや……まだ来てないですけど、校内で見たやつがいて」
「そうか、退院したのかあいつ。思ったより早かったな!」


宮城が退院したというのは湘北バスケ部にとっては嬉しいことで、予選に間に合って本当によかったと俺も胸を撫で下ろす。

着替えを済ませ眼鏡をかけると、1年の桑田が俺を見上げているのに気付いた。


「木暮さん、その宮城さんて人、うまいんですか?」


好奇心にかられた桑田の顔を見て、フッと笑みがこぼれる。

宮城はそこまで体格に恵まれてはいないが、その分テクニックやスピードはチーム内でもずば抜けている。今年入ったスーパールーキーの流川といえど、そう簡単に宮城を抑えられるとは思わない。


「自分の目で確かめろ、桑田。お前と同じガードだ」


だからこそ、同じポジションの桑田にとってはこんなに手本になる選手はいないだろう。宮城の復帰はチームのいい刺激になるな、と今から楽しみで仕方ない。

ただひとつ、気がかりがあるとすれば……


ガラッ


「チュース!!木暮さん……!あいつ、宮城が来るらしいすよ!!」
「ああ、今聞いたよ」
「予選目前のこの時期に……またなにか問題とか起こさなきゃいいけど……」


部室にやって来た潮崎や安田も、宮城の退院を聞きつけていたらしい。その慌てように「まあ落ち着け」と声をかける。

潮崎が心配する気持ちも分からなくはない。宮城の復帰はバスケ部にとって喜ばしいと同時に若干の不安も抱かせるのだ。なにせあいつは桜木にも劣らない、超がつく問題児だから。


「そんなに怖い人なんですか……?」


桑田はなおのこと「宮城」が気になるようで、詳しく教えて欲しいと潮崎に詰め寄った。潮崎は宮城が入院するに至った経緯を話しながら、あいつがどれだけ危険かを桑田に言い聞かせた。


「よく聞く話さ、生意気だった宮城を上級生のグループがシメようとしたんだ。相手は6、7人……宮城に勝ち目はなかった」
「そ、そんな……」
「だからあいつは、はじめから頭だけを狙った。三井って人をな。他の奴にやられても、その人だけは倒すって決めたんだ」


「三井」の名前に、自分の手がピクリと反応する。三井がバスケ部の一員だったことを知るのは、俺と赤木だけだった。名前でさえ知らないはずだ。

三井らが宮城に怪我をさせたのは、宮城が生意気で目立つ生徒だったという理由もあっただろうが、それだけじゃないと俺は思っていた。聞いてはいないけど、赤木もきっとそう思ってるに違いない。


「宮城がボロボロにされたときには、三井は意識がなかったらしい。それで二人とも入院さ……」


出来ることならまた戻ってきてほしい。いつまでそうしてバスケから目を背けてるんだ、なんて、口に出さなければ伝わる訳がないのに。

今でも俺は、三井が言っていた「目標は全国制覇だ!」という言葉を忘れられないまま、記憶の中の背中を追いかけ続けていた。






「ただいま」


なぜか揃って体育館に現れた宮城と桜木は、どちらも顔に絆創膏を貼っていた。まさか喧嘩なんてしてないだろうなと少し心配になる。


「元気そうだね。素早さも変わってない」


俺の隣まで来た名前は、さっそく安田と1対1を始めた宮城を目で追いながら、その姿に口元を緩めていた。

あっさりと安田を抜いてシュートを決めた宮城の実力に1年生たちは驚いたようだった。当然だ。あいつのガードとしての実力は神奈川でも上から数えた方が早いんだから。


「はぁ、あれも相変わらずか……」


彩子に意味ありげな視線を飛ばしてヘラヘラと笑っている宮城を見ながら、名前が溜息を吐いた。だから、彩子の次に自分の方をチラッと見ている宮城に名前は気付いていない。


「たしかに、相変わらずみたいだ」


俺が小さく笑うと、彼女は不思議そうな顔で俺を見上げていた。



「ハッハッハッ!君も大したことないね、ん?リョータ君」
「完全なファウルじゃねーか、ヒキョー者」
「ぬ、なんだと!?」
「この反則野郎が!!」


少し目を離しているうちに予想通り小競り合いを始めていた宮城と桜木だったが、それは段々とただの殴り合いに変わり、もはや他の部員たちでは止めることなど出来なかった。
かくいう俺も見ているしか出来ず、ハラハラと2人を見守る。名前も「あれは剛憲しか止められないね」と呆れて、動くつもりはなさそうだ。


「いいかげんにしろ、お前ら!!」


ゴン!


頼むから怪我はしてくれるなよ、と心配していたところに登場した赤木が、渦中の2人をげんこつで両成敗した。いつものごとくあの迫力は流石だと感心する。


「さあ練習だ」


宮城の復帰を喜んでいるはずなのにそれを態度には出さずいつも通りを貫く赤木の様子に、目が合った名前と俺は、ほぼ同時に笑った。

早くしろと急かす赤木の元に慌てて駆け寄り、ほどなくして練習が始まった。


「やっとるかあ」
「!」


ランニングの途中で顔を出した安西先生を見つけるなり、皆が一斉に「チュース!」と挨拶をする。宮城はすぐに側まで走ると腰を折り曲げ丁寧に頭を下げた。問題児とはいえ根本的な礼儀を備えているのが、桜木との大きな違いだ。

安西先生はにっこりと微笑み、宮城の肩にポンと手を置いた。


「宮城くん、これから目一杯やりなさい」
「はい!」


姿勢正しく返事をした宮城だったけど、それを眺めていた桜木が懲りもせずに口を挟んだ。


「何いい子ぶってんだてめー?」


それだけならまだしも、おなじみとなりつつある安西先生の顎をタプタプさせるという桜木の失礼な行動を初めて見た宮城は顔をギョッとさせて、怒りをあらわにした。


ぎゅう

「いてっ!」


宮城は先生から桜木を離すため、咄嗟に桜木の頬を抓った。すると、桜木も同様に宮城の頬を思いきり抓りあげる。


「謝るなら放してやるぞ。早く楽になりたいだろ?」
「ぬ、てめーこそ涙目になってるぞ?ムリすんな」
「言っとくが俺はまだ60%の力しか出してねー。まだ余力がある」
「フハハ、俺はまだ50%」
「フン……俺は40だ実は」
「嘘つけ!まぁ、俺は30だけどな」


俺の横で赤木が「バカバカしい」と呟く声が聞こえて、激しく同意する。2人の小学生みたいな意地の張り合いに部員のほとんどが呆気にとられる中、動いたのはマネージャーたちだけだった。


「桜木!」
「リョータッ!」


それぞれの頭に振り下ろされたハリセンが、バンッ と小気味よい音を出した。お互い同時に抓っていた手を放すと、頬を真っ赤にして振り返った。眉間を寄せたマネージャーたちの顔を見て焦ったように平謝りする2人。桜木は名前に、宮城は彩子に。


先が思いやられるな……


これからずっとこうなのかと肩を竦めた俺の予想は翌日、いい意味で裏切られることになる。



「今日もやるぜ花道!!」
「おうよリョータ君!!」


しっかりと肩を組んで呼び方まで変わっている桜木と宮城の姿に、バスケ部全体がザワついたのだった。


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