バッシュとゲン担ぎ
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練習試合を終えて家に帰った夜、苦手な仙道のことをさんざん意識していたせいで体が疲れたのか、食事を済ませお風呂に入ると、あとは知らぬ間に眠りに落ちていた。
そのおかげか、夢を見ることもなく熟睡して目覚めた朝はとてもスッキリしていて、今日からまた頑張るぞと、ひとつ大きく深呼吸した。
「名前、さん!」
校門に差し掛かったとき、ぱたぱたと背後から誰かが駆け寄ってくるのを感じて振り返った。
「おはよう!」
「あ、晴子ちゃん。おはよう」
後ろ姿を見つけて走っちゃった、と舌を出す晴子ちゃんのなんて可愛いこと。緩む口元をそのままに、今と同じことをされたら桜木はどう反応するのかな、と後輩の姿を想像した。きっと自身の髪に負けないくらい顔を真っ赤にして喜ぶに違いない。
「……あれ、なんかご機嫌だね?」
「ウフフ。だって昨日の試合、負けちゃったけどスゴかったから!観に行ってよかったわ!」
ニコッと本当に嬉しそうに笑う晴子ちゃんは、朝からとても輝いて見える。昨日は大好きな流川が活躍していたし、あの桜木だって試合デビューをしたのだから、晴子ちゃんの機嫌がいいのも分かる気がした。
「それで……剛憲の怪我はどう?」
晴子ちゃんの笑顔に癒されながら、気になっていたことを聞いた。
剛憲とは同じクラスだからすぐに会うしその時に聞けばいいことなんだけど、どうせ本人に聞いたところで「問題ない」としか言わないに決まっている。
「夜には腫れも引いて、今朝はもうバッチリ!練習にも支障ないと思うわ!」
「そう……良かった。無理して試合に出てたから心配してたの」
並んで歩きながら、晴子ちゃんの言葉にホッと胸をなでおろす。そして、もうひとつ聞きたいというか、彼女に頼みたいことがあったのを思い出した。
「あとね、晴子ちゃん、実はお願いがあって……」
そろそろ練習を始める時間だというのに桜木の姿が見えなくて眉間にシワを作る剛憲。
「桜木はまだ来てないのか?」
「あ、今日はちょっと遅れると思う」
「……そう言ってたのか?」
「うん、まあ、来れば分かるから」
今日は勘弁してあげて?と言うと、剛憲は納得のいかない表情だったけど、とりあえずは頷いてくれた。
「ハッハッハッ!天才桜木、バッシュを履いて登場!!」
しばらくして、元気のいい挨拶と共に体育館にあらわれた桜木は、昨日までは体育館シューズだった足元にしっかり"バッシュ"を履いていた。
桜木の得意げな表情と私が笑う顔を見て、剛憲は大体のことを理解したみたいだった。
『……今日の放課後、桜木のバッシュ選びに付き合ってあげてくれないかな?』
昨日の練習試合で桜木の体育館シューズが破れたのを知っていた晴子ちゃんは、私のお願いを快く引き受けてくれた。そのうえちゃんと目的を果たしてくれたようなので、私は心の中で彼女に感謝した。
「よーし、ストップ!集合だ!」
剛憲の号令に素早く集合した部員たち。それをサッと見渡して、ひとつ溜め息を吐いた剛憲の額には汗が光っている。
「たくさんいた1年もあっという間にお前ら5人になっちまったな」
桜木と流川以外の1年生は、お互いに顔を見合わせて苦い顔をした。「根性なしどもめ」と舌打ちした桜木に、「まあいい。今年はマシな方だ」と剛憲は言う。
もうすぐ地区予選が始まる。200を越えるチームの中でインターハイに行けるのはたったの2校で、勝ち進むほどに壁となるのが強豪校の存在だ。
「海南だろうが陵南だろうが、このメンバーで勝ち抜くしかない!!」
全国制覇を目標にするのなら、予選に、そして県大会に躓いてはいられない。日に日に気合が高まっている剛憲をそっと見上げて、私も自分の手を強く握りしめた。
湘北が勝つために私が出来ることは全力で頑張りたい。そして、剛憲と公延と、みんなで全国へ。
「いいか忘れるな!あくまで最終目標は、」
「全国制覇!!」
「……そーだ桜木、いちいち言わんでいい」
途中、割り込むように桜木が叫ぶも、そのまま続ける剛憲。
「厳しい練習だがみんな、なんとしてもついてこい!!いいな!!」
おおう!!と、意気込んだ部員たちの声に、主将はとても満足そうだった。
「桜木花道!バッシュも新しく買ったし!がんばんのよ?」
練習が再開する前に桜木に話しかけた彩子は、その足元を見ながらにっこりと笑った。
「へへ、似合う?アヤコさん」
「似合う似合う。でも裸足はよくないわよ」
そんなやり取りをじっと見ていた他の部員たちが、無言のままに桜木を取り囲み、それぞれ一思いにギュッと新しいバッシュを踏んでいった。さりげなく私も加わって、目が合った桜木に笑みを浮かべる。
「ななな、なにすんだてめーらっ!!人のバッシュを!!」
訳が分からず怒った桜木がそう言うと、公延が人差し指を突き立てて説明した。
「新しいバッシュはえてして怪我しやすい。だがこうしとけば大丈夫」
一種のゲンかつぎだ、と微笑む公延にどうやら納得した様子の桜木だったけれど、流川の「俺は踏まなかった」という呟きにまた腹を立てたようだった。
「もう……ほんとに、仲が良いんだから」
いがみ合う二人に呆れていた私は、剛憲が彩子に話しかけているのが視界に入って、なんとなくそちらに目をやった。そして剛憲の口から聞こえた「あいつは間に合うのか」という言葉に、ひとりの後輩を思い浮かべる。
そっか……そろそろ退院なんだよね。
彼が戻ってきたらまずは桜木と揉めないようにしなくちゃ、とそれぞれの問題児っぷりを考えて、頭の中では今から嫌な予感がしていた。