夏の日和と人ごころ | ナノ
逃げるが勝ち
( 24/38 )


「時間ないわよ!もっと当たって!!ディフェンスタイトに!!」
「これ止めないと負けだからね…!!」


試合終了まであと20秒を切った。

攻めを急がず、残り時間をパス回しで逃げ切ろうとする陵南に、彩子と私も声を荒げる。

ここまできて負けなんて嫌だと訴えかけるつもりで剛憲を見れば、それに応えるかのように彼は腕を伸ばし、相手のパスをカットした。


「流川ッ!」


すかさず走り出していた流川へ力強いパスが渡り、その勢いのまま流川がゴールへ向かう。


「させるか、よっ!」
「!!」


しかし、あっという間に追い付いた仙道によってドリブルしていたボールを弾かれてしまった。転がったボールがラインを越える前に飛び出した流川は、掴んだそれを視界に入ってきた湘北の誰かに向けて投げる。


「ナーイスアシスト、ルカワ!!」


ボールを受け取った人物に目を丸めた湘北メンバー全員が、同じ思いを抱いた。


" 無茶はよせ……! "


そんな皆の胸中を知らない桜木の顔を見て、咄嗟にまずいと思った。


あの子、絶対カッコつけてダンクしようとか考えてる!!


やめさせなきゃ、と頭で考えた瞬間、私より先に誰かが桜木の名を叫んだ。


「桜木君!」


彼を動かすことのできる人間なんて、限られている。晴子ちゃんの声は、コートによく響いた。

ゴール手前、しっかりと膝で踏み込み高く飛び上がった桜木は、いつか見せた流川のお手本のように、とても綺麗なレイアップを決めてみせた。







「赤木、インターハイ予選では俺が勝つ。覚えとけよ」
「生意気な……」


練習試合はあと一歩のところで勝ちを逃してしまった。桜木のシュートで逆転したのもつかの間、1点差で勝っていた一瞬の油断をまんまと仙道に突かれ、最後に逆転を許したのだ。

負けはもちろん悔しい、けれど。その分得るものは多くあった。そう思わないことには次に進めない。試合が終わって整列した剛憲の表情からは、そんな気持ちが伝わってくるようだった。

……それにしても、堅い握手を交わす剛憲と魚住君を眺めているとつくづく思う。


「……なんか、似た者同士」
「ハハ、たしかに」
「っ、!」


囁きほどの独り言をまさか誰かに聞かれているとは思わず、焦って後ろを振り返った。見なくても声で誰かは分かる。


「ね、名前さん。俺のプレーどうだった?」
「……どうって、すごかったけど」


ずい、と近寄ってきた仙道から一歩後ずさる。でもまたすぐに詰められた。彼の身長でこんなことされると、迫力があり過ぎて困る。

近すぎない?と言えばいつものニッコリとした笑顔で「あはは」と誤魔化されてしまう。


「湘北は強くなったっすね。面白い1年がいるみたいだし」
「そう、ね。予選では今日みたいにはいかないよ」
「それは……楽しみだ」


ところで、とそれまで微笑んでいた仙道が少し真面目な顔をして私を見下ろしていた。改まってなんだろうとこちらも見上げていれば、「まだ俺と付き合う気にはならない?」と言われ、目が点になる。……まだも何も端からそんな気は毛頭ないのだけど。

さてどうしよう、と仙道から視線をそらしたら、いつの間にかすぐ横に流川が立っていた。


「る、流川……びっくりした」


無言で私の前に立ちはだかった流川は、後ろ手を払うように動かした。ついでに顔の半分だけを私に向けて、行けよ、とでも言うような視線を送ってくる。


もしかして……私を助けようと?


後輩の予想外の行動に驚きつつ、ここは素直に頼ることにした。


「おう、流川」


仙道は案外あっさりと私に手を振り、それから流川に向き直って右手を差し出した。今日の試合でその実力は認めているようで、仙道の眼差しには何か期待がこもっているように見えた。

私はその間に手招きしてる公延の方へ向かう。


「はは、仙道は相変わらずだな」
「本当に……何考えてるか分かんなくて困る」


公延の隣に並ぶと、安心したのか体の力が抜けた。
さっきまで私が居た所に視線をやるとちょうど流川が仙道の手をパシッと弾いたところで、その光景に苦笑する。


「仙道の考えてることは、単純だよ」


ふいに、前を見据えたままの公延がぽつりと呟いた。


「……え?」
「少なくとも名前に関してはね」
「……アレは本気じゃないでしょ?私をからかってるだけじゃ、」


それはどうかな、と言って荷物を肩にかけ直した公延は、桜木と握手している仙道を見て目を細める。


「俺を倒すつもりなら……死ぬほど練習してこい!」
「ぬ……センドー!!」


ここからでも聞こえた仙道の声色が、ずいぶんと楽しそうだと思った。彼は桜木にも大きな期待をしてるのかもしれない。それにしても桜木はずいぶんと気合いのこもった力加減のようだけど、仙道の手は大丈夫だろうか。


「……行くぞ、名前」
「う、うん」


ぽんと撫でられた頭を軽く押さえて、公延と並んで歩きだした。

皆で駅を目指す途中、「俺を出すのが遅すぎたんだ」と言って安西先生の顎をタプタプさせた桜木。無礼に怒る剛憲を手で制して「桜木君、慌てるでない」と笑った先生。


「これからこれから」


安西先生のその言葉で私の頭の中に浮かんだのは、何故か、私を見て微笑む仙道の姿だった。



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