夏の日和と人ごころ | ナノ
負けず嫌いな男たち
( 23/38 )


「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ……晴子か、心配するな。少し切っただけだ」


医務室のドアから不安そうな顔をのぞかせた晴子ちゃんは、剛憲の言葉に少しホッとしたようだった。私が軽く手を振るとにっこりと笑って中に入ってくる。

剛憲の瞼は浅く切れていたものの、綺麗に消毒をすれば血はすぐに止まった。けれど、肘がぶつかったことでこめかみが少し腫れており、医務室の先生からはこの後の試合に戻ることを反対されていた。

まあ、なんて言われようと試合に負けたまま引き下がる剛憲じゃないことは分かっているので、先生に治療のお礼を言いながら「ごめんなさい」と心の中で謝っておいた。


「名前さんありがとう!」
「ふふ、手当してくれたのはこちらの先生だよ、晴子ちゃん」
「あ、そ……そうよね!」


さあ行くぞ、と素早く立ち上がった剛憲に続いて私たちも体育館へ向かう。

試合はどうなっただろう。きっと残りはあと3、4分。剛憲の代わりを任された桜木が、おもいっきりプレー出来ていればいいけれど。





コートに戻ると、ちょうど魚住君に豪快なダンクを決められたところで。まさかと得点板に目をやれば、70対76と6点差。予想以上の展開に私のすぐ隣にいた晴子ちゃんは「スゴイわ!よく食らいついてる!!」と顔を明るくした。


「メンバーチェンジ、湘北!」
「流川!交代だ」


剛憲の復活に俄然盛り上がる歓声の中、ベンチに下がった流川を皆が称賛した。

しかし、息を整える流川に安西先生は「休憩は1分だけです」と言う。それはつまりまだ出番があるということで。ラスト2分が勝負どころだと先生は笑った。


「信じらんねー!完全に湘北ペースだっ」
「相手はベスト4の陵南だぜ!?」


剛憲が試合に戻りあっという間に2点差に追いつくと、ますます応援にも力が入る。湘北の健闘に喜ぶ1年生たちに彩子は「流川も桜木も同じ1年生なんだから、あんた達だってやれば出来るのよ!」と鼓舞をした。


……良いこと言うね、彩子。


やり取りを横目に見ていた流川と目が合い「負けてられないね」と囁けば、本当に小さく頷くだけの流川に私は笑みを浮かべた。

そうしてる間にフェイクからスリーポイントを放った公延は、これを華麗に決めた。ここにきての湘北の逆転に私も思わずガッツポーズをする。


「見てますよ、名前先輩」
「え?……、あ」


公延の活躍に高揚していた私が彩子に言われて視線をやると、こちらを見ていた仙道とバッチリ目が合ってしまった。大事な練習試合の最中にそう何度も視線を送ってくれるなと、言葉にならない思いを目で訴える。

何も言わずに口元を緩めただけで向けられた背中からは、なんとなく秘められた気迫みたいなものが感じられた。
直後、剛憲のファウルも関係無いとばかりにガンッと決められたダンクは、すぐに逆転されてしまった湘北の顔色を青くするのに十分な破壊力があった。


仙道の集中力が増した……?


これはマズイかもしれない、と額に冷や汗を浮かべる。

コートでは剛憲と桜木がなにやら揉めていて、その隙にパスカットをした仙道がワンマン速攻で得点を重ねた。


「あんなになす術なく抜かれてそのままにはしないさ。負けず嫌いだからな、あいつは」


ベンチの後ろから聞こえた声に振り返ると、晴子ちゃんの他に何人かの子がそこで試合を観戦していた。口ぶりから桜木の友達のようだけれど。


「キャー!桜木君!!」
「いけー花道っ!」


彼の言葉通り、仙道に振り回されながらもだんだんと動きが良くなる桜木に、晴子ちゃんも他の子たちも興奮気味だった。


「先輩……」


つい、とジャージの袖が引かれそちらを見ると、真っ直ぐに試合を見据えたままの流川が立ち上がった。すっかり息が整い、その横顔からは冷静さの中にもやる気が溢れているように見える。

流川をそうさせるのは、きっと彼も桜木と同じように"負けず嫌い"だからだ。


「そろそろじゃねえ?……ラスト2分、だろ」


そう言って返事も待たずにさっさと交代に向かった流川を見送りながら、私は彩子と顔を見合わせ、二人して肩を竦める。「燃えてるっすね」「うん、燃えてる」と小さく会話をしていたら、私たちの隣からガタッと誰かが立ち上がる気配がした。


「流川君、桜木君」


チョイチョイ、と片手を動かして二人を呼び戻した安西先生。なにやら作戦を伝えられ、お互いに反発しあう流川と桜木。


ここにきて、先生が指示を……


ということは今が仕掛けるときか、と息を飲む。ペンを握る手に力がこもった。


「!!」


仙道にパスが渡ると、すぐに二人は動いた。仙道一人に対して、二人がディフェンスにつく。


「ダブルチーム!仙道封じか……っ」

「オレの足をひっぱんじゃねーぞルカワ!!」
「よそ見してんじゃねえ初心者!!」


つまり、そうまでしなければ止められない相手ということ。仙道の突破力、その凄さを、安西先生はとても高く評価しているんだ。


「残り1分よ!!!」


タイムを計っていた彩子が叫ぶと、一気に展開が慌ただしくなった。

4点差のこの時、ここぞという場面で放たれたスリーポイントが弧を描く。ズパッ、と小気味好い音と共にシュートを決めたのは……


「ナイスシュート流川!!」
「やっぱり流川だあああっ!」


陵南に僅か1点差まで迫った。


PREVNEXT


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -