夏の日和と人ごころ | ナノ
陵南高校前
( 20/38 )


「はい、1分ー!」


彩子の合図でどさりと座席にもたれた部員たち。揺れ動く電車内で空気椅子をするという異様な光景に、私はひとり苦笑いをした。

何も電車内でまでトレーニングすることないのに、と隣に座る剛憲を仰ぎ見る。額にうっすらと汗を浮かべ息を切らせている剛憲は、向かいの席から「今こんなことしなくてもいいだろう!?」と顔を赤くする公延に対してバッサリと「相手は陵南だ!このくらいの気合がなくてどーする!」と言い放った。

この無茶に納得いかない様子の公延と視線が合ったので、「しょうがないよ」という意味を込めて首を横に振る。たしかにちょっと非常識ではあるけれど。やる気に溢れる剛憲の気持ちも分からなくはなかった。



「桜木花道は生まれて初めての試合だけど……どう?心境は」
「ハッハッ!ヨヨヨヨユーっすよ、ヨユー!て、天才バスケットマンですから!!」


どこか緊張気味に見える桜木のことを、彩子は豪快に笑い飛ばした。桜木と並んで座っていた流川は、桜木の大声に迷惑そうな顔をして「ガチガチのくせに」と毒づく。

最初は誰だって緊張するわよ、とフォローする彩子の横から私も口を開いた。


「レイアップもさまになってきたし…今日は期待してるからね、桜木?」
「任せてください名前さんっ!今日は点を取りまくって陵南なんて蹴散らしてやりますよ!!」
「ふふ、頼もしい」
「センドーは俺が倒す!」

「……、っ」


ぐわ、と拳を握りながら力説する桜木は「仙道」の名前に一瞬フリーズした私に気付かず、代わりに流川が私の顔を見て首を傾げていた。


「あら!あんたエースの仙道を知ってるの!?」
「ウオズミも倒す!」
「魚住も?やるじゃない桜木花道」
「もちろんすよアヤコさん」


得意げな桜木をひたすら褒める彩子と、それを聞いて感心している公延。

私が気を取り直そうとひとつ咳払いをすると、ちょうど同じタイミングで車内アナウンスが流れた。


『陵南高校前ー、陵南高校前ー』


剛憲の「準備しろ!」という号令で皆が腰を上げると、ほどなくして開いたドアからぞろぞろと移動を開始した。




「名字先輩」


駅から陵南高校までの道の途中、一番後ろを歩いていた私のすぐ横に並んだ流川。私のペースに合わせて歩きながら、チラッと視線をよこしてきた。わざわざ流川から話しかけてくるなんて珍しい、と少し驚く。


「どうしたの?」
「いや……さっきの……」


さっきの?と首を捻りながら車内でのことを思い出す。流川が気にするようなことあったかな、と記憶をたどっていると、あまり間を置かずに流川が続けた。


「仙道ってヤツと、何かあるんすか」
「え……あー、……うん」
「?」


私の曖昧な返事にますます不思議そうにしてる流川には悪いけれど、この質問には少し答えにくい。というより、たぶん見た方が早い。


「まあ……いろいろとね」


「仙道」の名前で私の顔が晴れない理由は、1年以外の部員は皆が知っていて。


「陵南に着けば分かるよ」
「……ふーん」


それにしても、流川に心配させるほど私は酷い顔をしていたのかと反省する。たしかに今日の練習試合をずっと懸念していたけれど……。

今からこれじゃ先が思いやられるなぁなんて、いつの間にか到着した陵南高校の体育館を前にして小さく息を吐き出した。



PREVNEXT


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -