夏の日和と人ごころ | ナノ
バスケ部の一員
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「おい木暮、俺はコソコソするのは性にあわん。帰るぞ」
「ダメだ!桜木を柔道部にやるわけにはいかないだろ?」
「……そんなに心配しなくてもいいと思うけどね……」


いま私たちは、三人揃って柔道場の窓から中を覗いていた。

というのも、柔道部の主将であり剛憲の幼馴染≠ナある青田君が桜木の強さを気に入り、バスケ部から引き抜こうとしているから。そうはさせまいと意気込む公延に連れられてきた私と剛憲は、それぞれ理由は違えどあまりこの覗きに乗り気じゃなかった。

きっと桜木は何を言われても柔道部に入る気なんてないに決まってる。短い付き合いだけど、それだけはなんとなく確信していた私。


「桜木よ……これが何か分かるか?」


青田君が見せたのは、ひとりの女の子が写った写真だった。首をひねる桜木に、彼は「よく見てみろ」と自慢気に笑った。


「もしかしてアレ、晴子ちゃんじゃないの?」
「ひ、人の妹をエサにするとは……青田の野郎……!」


これでもかと眉間に皺を寄せた剛憲は、中学卒業までの晴子ちゃんの写真を掲げる幼馴染を、穴のあくほど睨みつけている。


「オレの宝物だ。柔道部に入部すればこれを全てお前にやるといったらどうする?」


その一言に桜木の耳が、ぴく、と器用に動いた。

晴子ちゃんの写真を使ってうちの後輩を釣ろうという青田君のやり方に、ため息をつく私たち。こんな事してる暇があるなら、主将としてもっと他にやることがあるでしょうに。まあ、反応する桜木も桜木だけど、と私は目を細めた。

「さあさあどうする!」と笑いながら詰め寄られ、写真に踊らされている彼を青い顔で見つめていた公延が「まずいぞ赤木!桜木のあの顔……」と慌てだした。心配性だなぁ、なんて呑気に構えていた私は、次の青田君の言葉にガックリと肩を落とす。


「俺だってこの写真を手放すのは惜しい、実に口惜しいんだぞ!ここまで集めるのに5年もかかったんだ!!」


指を五本、前に突き出してそう主張する柔道部主将のなんと格好のつかないこと。


「あの男なにを偉そうに……」
「青田君って……本当に晴子ちゃんが好きなんだね」
「あんな男にうちの妹は絶対にやらん」


それからは、「写真をやるから柔道部に入れ」という青田君と「柔道部には入らないが写真は貰う」という桜木の主張がお互いにぶつかって、どちらも譲る様子は無かった。


「かくなる上は……桜木!この俺のとっておきの写真もプラスしてやる!」
「とっておき?」
「これも俺の宝物だが……まあいい、まだ家に保存用があるから」
「そ、その写真は……!」


次は晴子ちゃんのどんな写真を持ち出すのかと目をやれば、そこに写っていたのは予想外の人物、というより……


「おいおい、青田のやつ、名前の写真まで使う気か?」
「晴子だけじゃなく名前まで……」
「ちょっと、ねえ、保存用ってなに」

「「…………」」


どう見ても隠し撮りされているその写真には、珍しく笑った顔の私自身が写っていた。隣に見切れているのは多分、剛憲だ。

自分の写真を誰かが大事に持っているというのは何だか落ち着かない。どういう経緯で手に入れたか知らないけれど、出来るならそんなもの捨ててほしい。大体、晴子ちゃんはともかく私の写真じゃ桜木は釣れないでしょうよ。


「桜木のやつ、写真に手が伸びてるぞ」


そしてまた先ほどと同じやり取りを繰り返す二人に、剛憲はやれやれと頭を振り、公延は困ったような顔でカチャ、と眼鏡をかけ直した。




「名前先輩、なーにしてんすか?」


どうなることやらと固唾を飲んで見ていた私たちは、背後からかけられた声に驚き、一斉に振り返った。


「あ、彩子、びっくりさせないでよ」
「先輩たちこそ……そろって柔道場なんか覗いちゃって、変な趣味でも始めたんすか?」
「たわけが」
「いやさ、柔道部の青田が桜木を引き抜こうとしててだな……」


公延が手短に状況を説明すると、彩子は私の隣にしゃがみ込んで同じように窓の中を覗いた。少し目を離した隙に、柔道技をかけたり普通に頭突きを返したり、ドタバタと取っ組み合いを始めていた桜木と青田君。


「うわ、痛そう……桜木花道大丈夫っすかね。あ、今度は投げ返した」
「青田を投げ飛ばすとは……すげーなアイツ」
「そんなこと言ってる場合か赤木?止めに行かないと……」
「あ、勝手に写真持っていこうとしてる」


桜木は放心する青田君の胸元から写真を取り出したけど、それはすぐに体勢を戻した青田君が取り返した。そしてこれが最後だと言わんばかりに言葉を強める。


「柔道部に入れ桜木。全国制覇を目指そうぜ」
「嫌だ。俺はバスケットをやる」
「な……なぜだ」


「バスケットマンだからだ」


桜木の一言で、周りにいた人間の動きが止まった。

柔道部員の後輩たちは頭にハテナを浮かべていたが、青田は「参った」という表情だったし、外から覗いていた私たちの心にはグッとくる何かがあった。


体育館への道すがら「時間を無駄にした」とぼやく剛憲だったけど、その日の練習にとくに気合が入っていた理由を知る私と公延と彩子は、三人揃って口元が緩むのを自覚していた。


間違いなく、桜木は湘北バスケ部の一員だった。



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