夏の日和と人ごころ | ナノ
よくない知らせ
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「あれ、名前先輩、なんか難しい顔してません?」


ストップウォッチを片手に、コートで部員たちがプレーするのを見ていた私は彩子の声に振り返った。


「……まあね。外野があれだと気が散っちゃって」
「ああ、やっぱ気になりますよね」


そう言って彩子が視線を向けたのは、体育館の入り口で顔をのぞかせている数人の女の子たち。校舎と体育館をつなぐ扉付近には、ここ最近いつも彼女たちの姿があった。

そしてそのお目当ては、コートに立つひとりの男。


「流川くーん!!」
「がんばれーっ」
「キャーッ!い、いまこっち向いたわ!!」

「「…………」」


絶え間なく聞こえてくる黄色い声援に、少しだけ眉間のしわが増えた。できるだけ気にしないようにするのだけれど、どうにも注意が削がれてしまう。


「ヒューヒュー!モテるじゃん流川、無愛想なくせに」
「……ちっ」


私と一緒に女の子たちを静観していた彩子が、目の前を通りかかった流川を肘で突きながらニヤニヤとした笑みを向けた。それに対して嫌そうな顔で舌打ちをした彼に、私も続ける。


「ねえ流川……アレどうにかしてくれない?」
「……無理っすよ。先輩がして」
「君のファンたちでしょ」
「しらねー」


彩子にしたのと同じようにぶっきらぼうな返事をする流川。彼がTシャツの裾で顔の汗を拭うとすぐさま歓喜の声が上がり、そんな彼女たちの反応には本人もどことなく困っているように見えた。






「おお、やっとるかあ?」


練習も終盤にかかった頃、コートにひょっこりと現れたのは、湘北バスケ部の顧問である安西先生だった。

チュース!と部員たちが一斉に頭を下げる中、ただひとり偉そうな振る舞いで先生に詰め寄る桜木。


「なんだおっさん、勝手にコートに入るんじゃねーよ!」
「君は……」
「俺の名は、バスケットマン桜木…ぉわっ!」


その無礼な振る舞いに、剛憲の容赦無いゲンコツが振り下ろされた。


「失礼しました、安西監督」


ピシッと姿勢を正して腰を折る剛憲に、安西先生は気にしないようにと笑った。元気が良いのはいいけれど、時と場合と相手を考えてほしいものだと、私は小さく首を振った。

何に対してもまるで物怖じしない桜木を一瞥して、すぐに先生の方へ向き直る。


「そうそう、練習試合決めてきたよ。陵南と」
「えっ……!」


そして、先生の口から聞こえたそれに、私は思わず驚きの声をあげた。数人の1年が私の方を不思議そうに見ていたようだけど、気付く余裕は無かった。

いま「陵南」って言った……?


「よしそれじゃあ、新入生と上級生で試合をしなさい」
「…………」
「名前、そろそろ戻ってこい?」


安西先生の言葉にしばらくフリーズしていた私の肩を揺らしたのは、苦笑いをする公延だった。彼は私の考えが手に取るように分かっているはずだから、私が陵南との練習試合を手放しで喜べない理由にもちゃんと気付いてる。気付いているからこそ、何も言わずに頭を撫でてきた。

私が陵南を苦手とするのは、とある後輩のせいなのだけど、とにかく今はまだ気にしても仕方のないことだ。切りかえるつもりで一つ息を吐き出し、そっと公延を見上げた。


「ん、大丈夫だよ、公延」


軽く肩を竦めながら笑いかけると、「ならよかった」と安心した顔が返ってくる。そして、公延はゲームの準備をする皆んなのところに行った。

その背を眺めながら、彼には心配ばかりさせているような気がしてなんだか申し訳ない気持ちになった。いつも世話を焼いてくれる公延に私は甘えすぎなところがあるから。


「もしかして木暮先輩って……」
「なに?彩子」
「……なんでもないっす!」


私の後ろに立って意味ありげな笑みを向けてくる彩子。何故笑っているのかと聞いてもはぐらかされるので、もうなにも聞かないことにした。

新入生対上級生のゲームが始まると、私たちの意識は直ぐにそちらへ向いた。



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