夏の日和と人ごころ | ナノ
やりすぎ注意
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湘北バスケ部に新入生が加わり早くも一週間が経った。


「くそ……今日もドリブルのキソか……」
「こーら桜木花道ィ!もっと気合い入んないのォ!?」


コートの隅で彩子に厳しく指導されているのは、唯一の初心者である桜木花道だ。本人の意気込みとはうらはらにドリブルの基礎しかさせて貰えない状況に、彼のイライラが目に見えて分かった。でもこればっかりはしょうがないし、とコートの中に視線を戻す。

一方、鳴り物入りで入部した期待のルーキー流川は、すでにその実力を見せつけつつあり、彼の姿見たさに体育館に来る女子生徒の数は増える一方だった。……コートの周りが人で溢れていて、邪魔だと思っているのは私だけじゃないはず。


「……この見物人の多さは、ちょうど去年の名前と彩子が入部した時を思い出すよ」


ハハハ、と笑いながら言った公延。

確かにこの煩さはあの時の状況と似ているけれど、あの時と違うのはその大半が男子ではなく女子だということ。こうあからさまにキャーキャーと騒がれては、その甲高い声についつい意識が持っていかれてしまう。

はあ、と深いため息をひとつ吐き出したとき、タイミングを合わせたように大きな声が響いた。いつの間にかヒートアップしていた剛憲と桜木の言い争いに、全体練習をしていたメンバーたちもその手を止め、ハラハラとした様子で二人の方を見ている。


「お前はまだドリブルの基礎だ!!」


剛憲の迫力に静まり返った体育館。

それまでみんなと同じ練習をさせろ、と主張していた桜木が、わなわなと震えだす。剛憲は桜木の主張を聞こうとはせず、あくまで「基礎」を彩子から教わるようにと指示をした。


「俺はスラムダンクがやりたいんだよ!!やらしてくれたっていいだろ!!?」


それに納得出来ない桜木は、怒声をあげると、周りを巻き込んで暴れだした。「基本がどれほど大事か分からんのか!」と怒鳴る剛憲に対して好き勝手に言い放つ桜木を、止めたくてももはや誰も手出しできない状態だった。


「キソがなんだってんだよ!こんなの全然面白くねえっ!」


そこまで見ていた私はほとんど無意識のうちに彩子の手にあったハリセンを握り、公延が止めようとする声を振り切って未だ取っ組み合いをする剛憲と桜木のところへ近付いた。

あとは、それを、力の限り振り下ろす。


スパンッ……!


他の1年生や見物人たちが息を飲む音だけが聞こえた。


「……必要だから、やりなさいと言ってるの」


ハリセンで頭を叩かれた桜木は、驚きの表情で口を閉じた。私がキッと睨むと、今度は戸惑いが顔に滲み出る。


「いま君が全体練習に入っても何もメリットは無い」
「……っ!」
「楽しいだけがバスケじゃないよ。面白くない練習だって当然ある」


これだけの人数がいてここまで物音一つたたないというのも可笑しいと思うくらいに、皆が固唾を飲んで私と桜木のやり取りを見ていた。


「それが嫌なら……辞めてもらって結構」


これで桜木が部を去るなら、私は引き止めるつもりは無かった。こうして辞めていく子は今までだって沢山いたから。

私の一言にすっかり大人しくなった桜木は、何も言わずに背を向けて数歩進むと、チラリとドア付近に視線をやった。その視線の先には、いつから居たのか、心配そうな顔で桜木を見つめる晴子ちゃんの姿があった。

てっきり体育館を後にするのかと思ったのもつかの間、晴子ちゃんのお陰で気が変わったのかすぐに私と剛憲の前に戻ってきた桜木は、明後日の方を向きながら「……やればいいんだろ、キソ」と呟いた。


「だってさ、キャプテン」


なんだ、根性あるじゃん桜木花道。


私はつい緩みそうになる頬をなんとかポーカーフェイスに留めながら、隣に立つ剛憲を仰ぎ見た。


「よ、よく言った桜木えらいぞ!な、赤木」
「そーすよ赤木センパイ!!あ、そうだ彼にそろそろドリブル以外も覚えさせるってのはどうです!?」
「それは名案だ!」


慌てて駆けつけた公延と彩子が、身振り手振りで剛憲の説得を試みると、彼も思うところがあったのか少し考えたあとに真面目な顔をして桜木に向き直った。


「……次はパスの基礎だ」
「ぬ…………!」
「よかったな桜木、次のステップに進めたじゃないか!」


よかったよかった、と何度も口にしながら桜木の肩を叩く公延が今度は私の方を見て、なんとも言えない顔で笑った。


どうなるかと思ったぞ。


言外にそう言われてるような気がした私は、ちょっとやりすぎたかな……と反省しながら、公延以外の人には分からないようにべ、と舌を出した。


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