噂のルーキー
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がやがやと人が行き交う廊下で立ち話をするのは、友人であり、クラスメートであり、部活の仲間でもある赤木剛憲と、私。
この湘北高校に転校してきた当初こそ、私が剛憲や公延と一緒にいると何故かじろじろ見られることが多かったけれど、3年生にもなると流石に周りも慣れたのかそういった視線は少なくなった。
自分が人目を引く容姿だということは自覚している。そのおかげで良い意味でも悪い意味でも噂の的にされることが多く面倒ないざこざに巻き込まれることもあったから、必要以上に人とは関わらないようにしていた。とくに女の子とは。
そんな風にちょっとねじれた性格をしていた私だけど、最近はそれもちょっとずつ変わってきたのかな、なんて思うことが増えた。
「晴子ちゃんが勧誘した子?」
「ああ……並外れた運動神経なんだとよ」
「へえ、それは楽しみだね」
「……どうだかな」
剛憲を見上げると、言葉とは裏腹に薄っすらと口元が笑っていた。
晴子ちゃんとは何度か剛憲の家にいったときに話したことがあって、今では数少ない友達のうちの一人だ。人見知りの彼女がまさか入学してすぐに男子生徒をバスケ部に勧誘してくるなんて思いもよらなかったから、正直驚いた。晴子ちゃんでも声をかけやすいような爽やかな生徒なのだろうか。
桜木花道というその1年生がどんな子なのかと今から想像して私もふふ、と笑みがこぼれる。
「晴子ちゃんといえばあの子も入学してるんだよね……えっと、流川だっけ?」
「おう。あいつには期待してるからな。即戦力になること間違いなしだ」
こう言っては怒られるかもしれないけれど、嬉しそうに話す剛憲が少年のようでなんだかとても可愛く見えた。
「名字、ちょっと職員室まで来てくれ」
放課後になり、剛憲と公延と一緒に部活に向かおうとしたところで担任から呼び出されてしまった。素行について注意されるような覚えは無いので、内容はたぶん別のことだ。二人には先に体育館へ行ってもらい、しぶしぶと職員室へ足を向ける。
担任の用というのは結局たいしたことはなくて、すぐに解放された私はさっさと部活にいこうと職員室のドアへ手を伸ばした。
「あ、待ってくれ名字」
「……はい?」
私を呼び止めたのは先ほどまでの担任ではなく別の先生だった。振り向いて、そこにいた人物に一瞬目を見開く。
「こいつ、流川の入部届けだ。いま安西先生が不在なんでな、預かっといてくれないか」
「は、はあ……分かりました」
「頼んだぞー」
ニコ、と笑って私の手に一枚の紙を持たせると、そのまま開きかけだったドアを通って去っていく先生。残ったのは私と、目の前にそびえ立つ長身の男子生徒。聞き違いじゃなければ先生は「流川」と言っていたはず。
……これが期待の新人、ねえ?
彼の顔を仰ぎ見る。身長は剛憲よりもすこし劣るくらいだろうか、彼よりも線は細いけれど、なるほどなかなかいい体格をしている。
「……なんすか」
不機嫌そうな声で呟かれたそれにハッと我にかえる。ついじろじろと見過ぎてしまった。
「バスケ部に入部なんだね、歓迎する」
「……あんた、マネージャー?」
「そう、名字名前。よろしく流川」
「……ウス」
むす、とした顔だった流川は私が何者かを知るとその仏頂面をやめて私に軽く会釈をした。なんだ、もっと無愛想な子かと思ったら案外礼儀正しいんだな、と感心する。
「それで、その頭は……どうしたの?」
職員室を出て、流川の頭にぐるぐる巻かれた包帯に視線をやる。剛憲が期待してるほどだからよっぽど実力があるんだろうけれど。期待のルーキーがいきなり大怪我してるっていうのは如何なものか。
私の問いに「べつに、ただのかすり傷」とだけ返した流川は間違いなく強情だ。
「おい今なんか体育館で面白いことやってるってよ」
「バスケ部のキャプテンと7組の桜木君が勝負だって」
「いってみよーぜ」
流川と話していると、なにやら周りの生徒たちが慌てて体育館に向かっているのに気付いた。
ちょっと待って……剛憲と……桜木花道?
聞こえてくる名前に首を傾げていたら、つい、と肘の辺りの制服が引かれる。
「え、なに?」
流川の行動の意図が読めなくてその顔を見つめ返すと、彼も真っ直ぐに私を見下ろしてきた。そして少し間を置くと「……見に行かねーの?」と一言発して、返事を待つことなく私に背を向けた。
のしのしと歩く姿をぽかんと眺めていると、途中でこちらを振り返った流川。早くしろとでも言いたげな視線を寄越してまた前を向く。
一緒に行こうよだなんてきっとそんな性格してないでしょうに、追いついた私の歩くペースに合わせてくれてる流川がなんとも憎めなくて小さく笑ってしまった。まだまだ知らないことばかりの後輩だけど、彼のこと、嫌いじゃないかもしれない。